ryomiyagi
2022/04/07
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2022/04/07
『弱くても稼げます シン・サッカークラブ経営論』光文社新書
小山淳、入山章栄、松田修一、阿久津聡/著
今年の日本プロ野球は、開幕を前に日本ハムファイターズの新庄新監督のニュースが連日お茶の間を賑わし、去年までの当たり前のシーズンオフとは一線を画した新味と期待感に溢れていた。そして迎えた開幕戦。また、海の向こうの開幕戦に、1番打者であると同時に開幕投手として登場する予定の大谷選手の一挙手一投足が報じられ、総じて野球は盛り上がっているように感じる。しかしその一方で、かつては子どもたちの憧れる大人として一番人気だったはずのJリーガーの話題をとんと耳にしなくなった。
日本においてプロ化に成功したスポーツと言えば、相撲を除けばプロレスとプロ野球しかなかったところに、Jリーグが発足し、それからのサッカー人気の過熱ぶりと言えば、まるで他にプロスポーツが無いかのようだった。日本代表を「サムライブルー」と呼び、彼らが勝利するたびに渋谷のスクランブル交差点は機動隊が出場するほどの狂乱を催した。
そんな日本代表が、7度目のワールドカップ出場を決めた。7大会連続出場となるその夜の渋谷は、コロナのせいもあるのだろうが、探せば数えるほどのファンを見つけることが出来る……程度の、極めて日常的で整然としていた。
やはりTVの影響は大きいかと、連日TVを賑わすプロ野球や大リーグのニュースを横目に、地上波放送が激減したJリーグへの思いを馳せているところに『弱くても稼げます シン・サッカークラブ経営論』(光文社新書)を手に入れた。地方創生と地域経済の活性化を掲げたJリーグを主題にした、スポーツビジネスのあり方を問う本書に、サムライブルーの未来を探してみた。
著者は、ベストセラー『世界標準の経営理論』の著者・入山章栄氏、ベンチャー研究の第一人者である松田修一氏、ブランド論の名付け親的存在の阿久津聡氏、という日本を代表する経営学者3人と語りつくす小山淳氏だ。小山氏と言えば、地域リーグ所属でありながら、2021年の天皇杯においてサンフレッチェ広島(J1)を5-1で撃破した「おこしやす京都AC」の経営に携わるスポーツX社の代表取締役。
スポーツクラブの経営を語るに、これほど豪華な布陣はないだろう。
安定した経営基盤はどのような企業にとっても不可欠ですが、サッカークラブにおいてもそれは変わりません。特に藤枝で重要な役割を担ったのはアカデミー&スクール(以下アカデミー)事業でした。とはいえ、これはスポーツクラブの経営でよくみられる親会社収益部門からの損失補填といった枠組みではありません。後述する“選手兼任社員”の取り組みと対をなし、自活する選手が自分たちで事業も行いクラブを成立させるシステムです。
(中略)
当時の藤枝はアカデミー事業を行う子会社(当時の株式保有割合による)を保有していました(現在の株式保有率に基づく法的な位置付けは私が経営するスポーツXの関連会社になります)。先にこの子会社について概要を述べておくと2017年には国内の生徒が1万人を突破、海外でもベトナム・シンガポールに事業を拡げ、2019年末にはグローバルで1万7000人の生徒が通うスクールです。内訳は国内1万2000人、ベトナム4000人(ベトナム最大)、シンガポール600人。そしてこの子会社の成長こそが藤枝の経営基盤でした。
所属クラブの経営が安定し、スクールという形でコアなファン層及びプレイヤーの裾野が拡がることは、所属選手は言うに及ばず、スタッフ・社員・関係者全てが幸せを感じられる状態に違いない。私の郷里、四国・松山にもJ2に所属するFCが存在する。チーム発足以来、J1昇格を目指してはいるが、未だにその僥倖に浴せてはいない。しかし、そんなJ2チームではあっても、週末ともなれば、県内外ナンバーの車が近くの道路を埋め尽くす。私の住まいがスタジアムの近くということもあり、試合が行われる夜は、ライトが煌煌と煌めき、プレーに一喜一憂するサポーターのさんざめきがスタジアムの在る丘陵から聞こえてくる。
それはまさに平和な瞬間で、チームのサポーターでもなければサッカーファンですらない私ですらも、なんとも言えず幸せな気分になってくる。それこそが、スポーツイベントの持つ力なのだと思う。
入山 (前略)実は、私はこのネットワーク型の形態も、時代を経て変わったものが出てくると考えています。それは周囲を取り囲む人が移動するからです。先ほど述べたようにこれからの企業では、転職したり複数の職域にまたがって働く人が増えていくはずです。すると周囲で移動が起こるので、いろいろな人が多様につながるようになる。結果、何が中心かは曖昧になる。その場合、中心になるのは人ではなく価値観や理念ではないでしょうか。そうして価値観だけが残り、それをベースとした中心のないネットワークが形成され、そのネットワークのなかでそれぞれが緩くつながっていく。それが結果的に組織となっていく。そんなイメージを持っています。
中心のないネットワーク。それぞれが緩くつながり、理念や価値観だけを共有しながら個々にネットワークを拡張しながら活動していく。
それはまるで、無限に増殖を繰り返すアメーバーのような組織だ。限りなく自然増殖に近い形で拡大するプロジェクト。理想的な形に違いない。しかしそれも、野球のようにピッチャーなり監督の采配で動くスポーツではなく、サッカーという試合中は指揮官不在の、プレイヤーが各自に状況判断をしながら瞬時に動きを決めるスポーツだからこそ、入山氏の言うネットワーク型のプロジェクトの意味するものが容易に理解できるのだろう。
小山 (前略)そこで今回お聞きしたいのが、競争市場におけるブランドの持つ意味とは何かという点です。といいますのも、現在Jリーグには58のクラブがありますが、一応の目途として60クラブになった時点で拡大をやめることが事実上決定しています。
しかし、Jリーグを目指すクラブは100ぐらいあって、競争が過熱気味。それで、「今プロサッカー市場はそんな状態です」という話を本書の第2章で松田修一先生としたところ、競争市場において重要な項目の一つとして挙げられたのがブランディングだったのです。ですので、最初の質問として、「競争が過熱した市場においてブランドがどういった効力を発揮するのか?」と先生にお聞きしたいと思っています。
(中略)
阿久津 「売り手によし」「買い手によし」「世間によし」で、「三方よし」という言い方をされますが、そういった部分に関して、日本ではこれまでも意識されてきたんだと思います。特に歴史のある企業はそうやって“のれん”を守ってきた。ただ、その意識はどちらかといえば内向きに強く発揮されていて、外に向かって発信されることはあまりなかった。
万事、控え目を美徳とする日本人の美意識が、「三方よし」の精神を経営の中に組み入れ、そうして培われた企業イメージは強力なブランドとして確立していったようだ。どうやら、そんな日本人ならではの経営精神を大切にしながら、その大切にしている理念や価値観を外に向けて発信していくことが重要なのだと本書は解説する。
本書『弱くても稼げます』(光文社新書)は、やや頭打ちの観を呈してきた日本サッカーの未来を拓き、かつ、サッカー以外の様々なスポーツをビジネスとして成立させるために目指すべき姿や、大切にすべき考え方を紐解く最高のビジネス書だ。
「儲かるか、儲からないか」などではない、関わる者を幸せにするビジネスコンテンツとして、サッカーや野球のみならず、さらに多くのスポーツが成立する近未来を夢見させてくれる一冊だった。
文/森健次
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