akane
2021/02/01
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2021/02/01
本書のテーマは、「柔軟な思考OSへと自分を変革する」こと。著者はカーネギーホールなど世界各地で指揮者として活躍する伊藤玲阿奈さん。20歳を過ぎてから音楽家への道を選んだ著者が、激しく変化する時代に生きづらさを感じる人びとへ向けてヒントを綴る。それがどうして「宇宙の音楽」なのかと言えば、この音楽を聴く方法に西洋人のOSが反映されているからだ。
著者によれば、そもそも「宇宙の音楽」とは宇宙に満ち溢れる聞こえない音楽のことを指している。世界各地の古代文明で信じられてきた宇宙への深い畏敬の念は、古代人たちを音楽は神聖なものとする考えに向かわせた。「音楽は不思議な力をもっており、神の世界からきた」と信じていた古代人は、「神が奇跡的な力で動かしているこの宇宙は、音楽で満ち溢れている」と考えるようになったらしい。
興味深いのは、「宇宙の音楽」によく似た信念はどの古代文明でも見られるということ。古代ギリシアのピタゴラスは、すべてがバラバラに存在していても宇宙全体としては美しく成り立っている原理を「ハルモニア」と言う言葉で表現した。ハルモニアは「ハーモニー」の語源でもある。どうやらピタゴラスは、このハルモニアを数学的にとらえていたらしい。ときに魂を浄化してくれると信じられていた音楽には、美しい数比が隠されていたことを指摘したうえで、聞こえないはずの「宇宙の音楽」を聴くためにピタゴラスは「理性」を使ったのだと、著者は述べている。
理性とはすなわち、ものごとを順序だてて推理すること。そうして「宇宙の音楽」が存在することを論理的に確かめようとしたのが、ピタゴラスの思考回路だった。この思考回路は、後世の西洋人たちへと引き継がれていくことになる。それが、西洋の基本的なOS「理性中心主義」へと繋がっているのだという。これはキリスト教の時代になると、信仰と結びついていく。
西洋の基本OSはほかにもある。現象と本質をはっきりと区別する思考回路だ。たとえば偶像崇拝などにみられるように、キリスト教ではどのようなキリスト像を作ろうが、モノ自体に神性を認めることはない。神社のご神体とされる木や刀が神と同一視されることのある日本の伝統的な思考とは対照的かもしれない。
ピタゴラスが数比を発見し、理性で聴いた「宇宙の音楽」。そしてキリスト教の人びとが神の偉大な力として聴いた「宇宙の音楽」。西洋の基本的な思考回路の特徴を、宇宙と音楽のなかに見いだしていくプロセスはとても興味深い。
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