ryomiyagi
2020/02/19
ryomiyagi
2020/02/19
※本稿は、エイミー・ウェブ著/稲垣みどり訳『BIG NINE』(光文社新書)の一部を再編集したものです。
ベンジャミン・ブルームは、「考える」ことの研究と分類にキャリアの大半を費やした教育心理学者だ。
ブルームは1965年、「ブルームのタキソノミー」として知られる、教育現場で見られる目標と達成の階層を発表した。土台となる層では事実や基本的な概念を覚え、その次に、アイデアを理解し、新しい状況で知識を活かし、実験や結びつきを通じて情報を分析し、情報を批評し、判断し、評価し、最終的には独自のものを創造するまでに至る。
生まれたばかりの人間がまず覚えるのは、ものごとを理解するために集中することである。赤ん坊は、哺乳瓶の持ち方を覚えるよりも前に、哺乳瓶にミルクが入っていることを学ぶのだ。
この階層は、コンピューターが学ぶときにも存在する。2017年、Amper(アンパー)というAIシステムが、独自にある曲をつくった。その曲は『私はAI(I AM AI)』というアルバムに収録されている。
アンパーは自らコード進行や曲の構成などを考え出したが、その際にジャンル、雰囲気、長さといったパラメーター【結果などに影響を与える、外部から与えられるデータのこと】を使って、標準的な長さの曲をわずか数分でつくった。
アルバムはタリン・サザンという人間のアーティストと共同でつくられたが、なかでも「ブレイク・フリー(Break Free)」は、ユーチューブで160万回以上も視聴され、情感に満ちた感動的な曲としてラジオでも評判になった。
この曲をつくる前にアンパーはまず、バラードの要素と定量的なデータについて学んだ。音符やビートをどう計算するか、何千という音楽のパターン(コード進行、コードの並び、リズミカルなアクセント)をどう認識するかといったことだ。
アンパーが示した創造力は、単に学習された機械的なプロセスなのだろうか? それとも人間的な創造といえるのだろうか? あるいは、まったく別の種類の創造なのだろうか?
アンパーは人間の作曲家と同じようなやり方で音楽について考えていたのだろうか?
アンパーの「ブレイン(脳)」――アルゴリズムとデータを使った神経回路網――は、ベートーヴェンの脳――データと認識パターンを使った有機的なニューロン――とそれほど違いがないのかもしれない。
逆に、アンパーの創造プロセスと、ベートーヴェンが「ジャジャジャ・ジャーン、ジャジャジャ・ジャーン」の冒頭部で有名な長調から短調に変わる交響曲第5番を作曲したときのプロセスの違いはなんなのか?
ベートーヴェンは交響曲全体をゼロから編み出したのではない。冒頭の四音のあとにはさまざまなコードが並び、音階、アルペッジョ【和音の各音を、同時に弾かずに分散させて連続して弾くこと】など、交響曲を構成する要素が続いていく。
曲が終わる前のスケルツォ【軽快でユーモラスな三拍子の楽章】をよく聴いてみよう。20年前の1788年に書かれたモーツァルトの交響曲第40番からパターンを借りてきているのがはっきりとわかる。
モーツァルト自身は、ライバルのアントニオ・サリエリや、友人のフランツ・ヨーゼフ・ハイドンから影響を受けているが、サリエリとハイドンは、17世紀半ばから18世紀半ばにかけて活躍したヨハン・セバスチャン・バッハやアントニオ・ヴィヴァルディ、ヘンリー・パーセルといった作曲家たちから影響を受けている。
また、1400年代から1600年代の作曲家、ジャック・アルカデルト、ジャン・ムートン、ヨハネス・オケゲムなどの影響も断片的に見られる。
どの作曲家も中世初期の作曲家たちに影響を受けているが、さかのぼっていくと、最初に作曲された楽曲にたどりつく。「セイキロスの墓碑銘」という紀元一世紀のトルコの大理石の墓石に刻まれた曲だ。
4万3000年前には、骨や象牙で最初の笛がつくられていたこともわかっている。そして、研究者たちによると、私たちの祖先はそれよりも前に、おそらく言葉を話すよりも前に歌を歌っていたという。
現代の私たち人間の神経体系は、何百万年もの進化の結果なのである。
人間と機械は本質的に異なる道を歩んできたように見えるが、常にからみ合って進化してきた。AIの回路網も同じように、古代の数学者、哲学者、科学者までさかのぼる長い進化の道筋がもとになっている。
ホモ・サピエンスは、環境から学び、農業や狩りの道具、ペニシリンなどの新たな技術の発明によって多様化し、自らを再生産してきた。新石器時代の600万の人口が、現在の70億にまで増加するのに1万1000年かかっている。
AIのある生態系(エコシステム)では、学び、データ、アルゴリズム、プロセッサー【データ処理装置】、機械、神経回路網のインプットが劇的な速度で進化を繰り返している。
AIのシステムが日常生活のあらゆる場面に溶け込み、普及するには、数十年しかかからないだろう。
株式会社光文社Copyright (C) Kobunsha Co., Ltd. All Rights Reserved.