ryomiyagi
2020/02/18
ryomiyagi
2020/02/18
その昔(と言っても昭和)日本人の多くが最初に経験する身体測定と言えば、身長・体重の測定と同時に、スプーン状の目隠し(遮眼子と言うらしい)を手に大小のC(ランドル環と言うらしい)を開いた方の目で追う視力検査。令和となった今、恐らくは形こそ変わっても、身長・体重の測定と視力検査がセットとなっている。
それほどに、視力の良し悪しにこだわっている私たち。
本書は、そんな日本人がこだわる「視力」に対して、「視る力」こそが大切という新たな(?)概念を明らかにしてくれる。
「視る力」とは、単なる視力を意味するものではありません。視界に入った情報を正確に捉え、それを脳で迅速に処理すること。つまり、眼を通したトータルな能力を指しています。
人は視覚でものを捉えた際、脳の「視覚野」と呼ばれる部位でその情報を処理しています。そして、認識した情報に基づいて、脳の前頭葉が指令を身体の各部位へ送ることになります。そもそも視覚からの情報を脳が正しくキャッチできていなければ、正しい指令を送ることはできません。
漠然とした地図では目的地にまっすぐたどりつけないことと同じです。
なるほど「視る力」という概念が少しわかってきた。では、そんな「視る力」に対して「視力」とは何を指すのだろうか。
「視力」は、はっきりとした映像を脳に送る力であり、それも大切な能力なのですが、あくまで視覚機能の一部でしかありません。
なぜなら、「視力」とは「遠くのものをはっきり見る力」を意味するものであり、「視る力」とはまた別ものだからです。
しかし、そんな「視る力」の重要性に対する認識が、日本はかなり遅れている。
神戸の眼鏡店に生まれた著者は、大学を卒業した後、家業を継ぐために名古屋の眼鏡専門学校に進む。そして眼鏡の専門知識を学んだ後、神戸に戻ることなく、アメリカ・オレゴン州の大学院へと留学。
当初は半ばアメリカ見物気分だったが、現地でその研究に触れ愕然とした。そこでは視力矯正だけでなく、視る力のトレーニングにより、アスリートのパフォーマンスを向上させたり、発達障害の子どものサポートをするなど、日本では考えられなかった取り組みが活発に行われていた。
私は4年かけて大学院を卒業し、「オプトメタリー・ドクター(検眼士)」という資格を取得し、日本に帰国しました。これはアメリカでは100年以上の歴史を持つ国家資格でありながら、日本ではほんの数十人しか保持していない、ほとんど注目されることのなかった資格です。
この「オプトメタリー・ドクター」とは、いったい何者なのだろうか。
簡単にいえば、眼科医が眼の病気を治す役割を担うのに対し、オプトメタリー・ドクターは「視る力」の改善を担当する立場です。
「視る力」とは、単純に遠くを見る視力だけでなく、眼球の働きを捉える視空間認知機能などを意味しています。これを適切に鍛えることで、集中力や作業効率が向上し、さらに中高年の人であれば物忘れや認知症の予防など、さまざまな効果が得られることが科学的に判明しています。
そうした眼球の働きを鍛えるメソッドをまとめたトレーニングが、ビジョントレーニング、すなわち「視る力のトレーニング」です。
そんなオプトメタリー・ドクターが推奨する「ビジョントレーニング」。その実践は極めて簡単で、効果は抜群だとされている。なぜなら「視る力を」司る眼球運動は、人体の手足と同じく筋力によって運動していて、鍛えることが可能だからだ。
カメラにたとえると、レンズの部分に相当するのが「水晶体」。視覚的な情報は角膜から光として取り入れられ、これが水晶体によって光の屈折と焦点を調整したうえで、網膜上で映像化します。その網膜に焼き付けられた視覚情報を脳に伝えるのが、「視神経」です。
眼球はこうした機能に加えて、6つの筋肉で動かしています(上斜筋、下斜筋、上直筋、下直筋、外直筋、内直筋)。
筋肉ですから、鍛えることは可能です。逆にいえば、腕力や脚力のように、普段あまり使うことがなければ、どんどん衰えていくのは眼の筋肉も同じことです。
遠くのものが見えたとしても、そんな視覚情報をいち早く脳に伝達する能力が衰えていたら、見えること自体が半ば意味を成さなくなってしまう。ましてや車の運転中だったとしたら、コンマ数秒の伝達スピードの差が、そのまま命にかかわる事態を引き起こしてしまうだろう。
これまでの「視力」一辺倒の考え方に正しく警鐘を鳴らし、かつシンプルな対処法を教えてくれるのが、オプトメタリー・ドクターというプロフェッショナルなのだ。
文/森健次
図版/株式会社ウエイド
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