2020/04/09
藤代冥砂 写真家・作家
『アルゲリッチとポリーニ ショパン・コンクールが生んだ二2人の「怪物」』光文社新書
本間ひろむ/著
不要不急の外出を控える日常が訪れてしまった以上、どうせなら自宅時間を充実させたいな、と考えていた矢先にこの一冊に出会った。
アルゲリッチとポリーニ。サブタイトルにあるように、ショパンコンクールが生んだ2人の怪物、について語られた一冊。
この二人の偉大なピアニストについては、クラシック音楽ファンでなくても、名前くらいは耳にしたことがある人が多いのではないか。だが、それと同じくらいに、知ってはいるが、ちゃんと聴きこんだことはない、という人も一般的には多いのではないか。
クラシック音楽ファンからしたら、マイケル・ジョーダンを知らない人を見るような目を向けられるのだろうが、恥ずかしながら、実は私もしっかりと知っていたわけではない。
アルゲリッチは情熱的、ポリーニは精緻、といったイメージだけは入っているが、そこまでである。
本書を開くと、五年ごとに開催される世界的な権威を持つショパンコンクールで優勝した二人と、その交友関係などが、あたかも現代クラシック音楽史として、華やかに、時に憂いと共に、縦断的に語られている。
私は、ページに登場する人、作品を、サブスクリプションで検索して試聴しつつ追いかけた。これはとても現代的なスタディで、効率が良過ぎて、それぞれを味わう時間が追いつかないのだが、まずは新幹線に乗って、東京から京都まで行って、車窓からの風景を写真に撮りまくり、落ち着いてから、熱海、富士山、浜松、名古屋、などの土地を振り返り味わうのに、似ていなくもない。いや、全然似てないな。
とにかく、ばああっと全体像を眺めることはできる。音付きで。
著者の各音楽家への評価も良き先導となる。先入観を植え付けられてしまうのは、どんな分野にも教師やインストラクターがいるわけだし、そんなに気にすることもない。理解が深まればおのずとカスタマイズして、自分としての評価が生まれるからだ。
ページをめくる、音楽家や作品名が気になる、視聴する、感想を得る、興味がわく、ページをめくる……。
これを繰り返し続けるうちに、ラフマニノフ、ショパン、シューマンなどの偉大な音楽家、アルゲリッチ、ポリーニ、ホロヴィッツ、グールド、グルダ、ミケランジェリ、ポゴレリチなどのピアニストの名前が、スムースにインストールされ、既知のものとなっていく。
これは、まさに学習の愉しみだ。
だが、当たり前だが、こと音楽においては、名前や作風を覚えたからといって、そこで終わるわけではなく、むしろ入場券を手にしただけである。
アルドリッチの演奏だけでも、サブスクリプションの中で、膨大な数があるのだから。さらに本書で登場した名前や作品を掘り始めたら、おそらく残りの人生を音符と音符の間に埋める必要がある。
だが、自宅時間が増えた今、ひとつの何かに時間を費やして、一生楽しめる新しい趣味の基盤を作るのも悪くない。
折しも、今年は五年周期に開催されるショパンコンクールイヤーだ。動画配信サービスなどで、予備予選から十月の本選まで、じっくりと追うことも可能だ。
将来の伝説的なピアニストが生まれる瞬間を目撃できるかもしれない。
その開催も、コロナウイルス次第である。一刻も早い収束と、被害者が増えないことを願っている。
この世界的な、歴史に残る事件を、いつか振り返る時、アルゲリッチやポリーニのピアノの調べが、脳内に止め処なく流れるということ。ショパンやラフマニノフの調べに満たされるということ。この一冊を読むということは、きっとそういうことだ。
『アルゲリッチとポリーニ ショパン・コンクールが生んだ二2人の「怪物」』光文社新書
本間ひろむ/著