ryomiyagi
2021/07/31
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2021/07/31
『本心』
文藝春秋
芥川賞作家の平野啓一郎さんは人間とは何かという深淵なテーマに社会問題を絡めて描きつつも、“面白くて読み終えたくない!”気持ちにさせられる物語性に富んだ長編小説を多数発表し、世界中の本読みたちを虜にしています。
新刊『本心』は〈自由死〉という安楽死が合法化された2040年代が舞台。母子家庭で育った29歳の朔也は最愛の母を事故で失い、その死の意味を考えます。というのも母は生前〈自由死〉を希望していたからです。その理由がわからなかった朔也は母と交流のあった人々の話を聞くことにする一方で、AI(人工知能)とVR(仮想現実)を合わせた技術VF(ヴァーチャル・フィギュア)で生前そっくりの〈母〉を再生し、自らの孤独と喪失感を埋めようともします。
「ここ数年、少子高齢化が進み、AIが発展した社会はどうなっていると思うかなど未来について聞かれるようになりました。僕の子どもは今8歳と10歳ですが、彼らは将来、どういう社会をどう生きるのか考えます。それで、僕自身も属するロスジェネ世代が高齢者となり、その子どもたちが社会の中心になっている時代をイメージした小説を書きたいと思いました」
平野さんは本作品を着想した背景についてそう語り始めました。
「僕は“分人”という概念を提唱しています。これは、人間は相手との関係性によってさまざまな顔を見せますが、そのすべてが本当の自分という考え方です。その延長で死ぬ瞬間、幸福な“分人”でいるのか、不本意な“分人”でいるのかは大事なことだと考えていました。ですが現実問題として、好きな人に囲まれて死ぬのは難しいですよね。とすると、死をスケジュールできる自由死制度を社会は拒否できるのかと考えるようになりました。もちろん厳格な条件を議論することは必至で、その個人が自由意思として本心から死を望んでいると言えるかどうか、貧困など社会構造を吟味する必要もあります。そうやって議論を重ねながら安楽死は世界的に合法化される傾向がありますが、本心が曖昧だと何もかも成り立たなくなります。一体、人間の本心とは何なのか。そこで個人の内面と社会全体の両方を書きたいとも考えました」
平野さんは以前、『ドーン』という小説で子どもをバーチャル・リアリティで再現していました。
「子どもと異なり、大人は亡くなるまで多くの他者との交流があり分人の構成も複雑。愛しているからこそ母の〈自由死〉を受け入れられなかった朔也ですが、母が親しくした人たちとの交流を通して母の分人を知り、その過程で母の本心を少しずつ理解していきます。朔也もまた他者との関わりのなかで悲しみから立ち直っていきます。その過程も描きたかったことです」
連載中にコロナ禍に。当初、もっと悲劇的な終わり方を考えていた平野さんは結末を変えます。
「コロナで多くの方が傷つき、作品の中で亡くなった命を思い返す経験が必要だと思いました。死の自己決定や貧困、格差など暗い未来を描く小説ですが、これからも生きていこうとする結末に着地させることができました」
平易な言葉で、ミステリーのように紡がれた抜群の面白さ。’21年上半期ベストの逸品です。
PROFILE
ひらの・けいいちろう●’75年愛知県生まれ。京都大学在学中に発表した『日蝕』で第120回芥川賞を受賞。’09年『決壊』で第20回芸術選奨文部大臣新人賞、『ドーン』で第19回Bunkamuraドゥマゴ文学賞、’17年『マチネの終わりに』で第2回渡辺淳一文学賞、’19年『ある男』で第70回読売文学賞を受賞。
聞き手/品川裕香
しながわゆか●フリー編集者・教育ジャーナリスト。’03年より本欄担当。著書は「若い人に贈る読書のすすめ2014」(読書推進運動協議会)の一冊に選ばれた『「働く」ために必要なこと』(筑摩書房)ほか多数。
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