貧乏、孤独、サロンでの酷評、愛する人の死。それでもモネ、ゴッホたちはなぜ描き続けたのか
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ryomiyagi

2020/04/23

はじめて見たモネの絵が何だったかは思いだせない。それが雑誌記事だったのか、ポストカードだったのか、テレビ番組の特集だったのか、教科書だったのか。ともかく、いつの間にかそれらすべてでモネの絵に出合っていたから、美術館で絵を目にしたときには、モネの絵はすでに親しいものになっていた。

 

『イトウ先生の世界一わかりやすい美術の授業』は、大学で美術教育に関する研究をするかたわら中学校で美術を教えていた著者が、画家たちの若き日の苦悩と中学生の日常を交差させて描いたコミックエッセイだ。〈モネ少年〉〈蜂の巣の日々〉〈愛の画家〉〈孤独〉の4章立てで、各章ごとにモネ、藤田嗣治、シャガール、ゴッホと名だたる芸術家が登場する。彼らの絵は、一度見たらそう簡単には忘れられない、そんな魅力がある。

 

 

本書は中学校の美術教師と生徒たちの会話から始まる。巨匠ゴッホも中学生に言わせれば「グルグルして目が回る」ようで、シャガールは「魔法の世界っぽい」。同時代、藤田嗣治もパリで活躍していた。「なんかごちゃごちゃしてませんか?」「花に見えないッス」とイマイチ男子生徒に不評なのは、言わずと知れた印象派の代表モネだ。

 

その悪ガキ少年はフランスの港町ル・アーブルに暮らしていた。クロード・モネ16歳。学校ではじっと座っていられない性分で、父親は彼が絵を描くことに反対だったらしい。画塾に通ったり、カリカチュア(現代でいう漫画風の人物画または風刺画のこと)を売ったりして、モネは絵を描き続ける。そして、ウジェーヌ・ブーダンと出会ったのだ。移ろう光、風の気配を描き込み「空の王者」と呼ばれたブーダンの絵は、当時のサロンでも高い評価を得ていたらしい。モネの才能に気づいたブーダンは戸外制作の重要性を伝え、今や画家は室内から解放されて自由の身であることを説く。彼は、絵の道を諦めかけていた少年を「画家モネ」へ導いた重要な人物の一人だった。

 

 

「それで 本当に満足かい?君の目は途方もなく この世界に夢中なのに きっと君はどうでもいいのさ 使うか分からない歴史や古典 実感のない神話の世界も 君は目のまえにある現実を ただ愛そうとしてるんだ 鋭い観察眼で切り取られたカリカチュアがそれを証明していたよ」
「そんなふうに言われたのははじめてで…」
「君はもっと描けるよ 学びなさい 君が愛するものを描くために」

 

モネをはじめ、ゴッホもシャガールもフジタも、知っているようで、私たちは彼らがどのような人物なのか実はあまり知らない。一枚の絵から画家がどのようなシチュエーションで絵に取り組んでいたのか全ては分からないし、普段どういう生活をしているかも分からない。けれど、残された伝記や資料から、わずかばかりでも、画家の人となりを知ることはできるだろう。すると、絵の印象も変わってくるから不思議だ。

 

本書では、貧乏、サロンでの酷評、よそ者扱い、愛する人を亡くしてもなお、筆をとることをやめなかった4人の画家たちが自分の絵を求めて苦悩する青春の日々が描かれている。本のタイトルには「美術の授業」とあるが、教科書じみたところは微塵もない。コミックエッセイだからするすると読めてしまう。これは絵を学び、専門的な美術の知識をもつ著者ならではだろう。

 

画家たちの絵に対する熱意と創作の苦しみは、作品を見たことがあるだけ切実に胸に迫るものがある。つぎに彼らの絵に出合うときに私は、この本を思いだして、もっと彼らのことが好きになるにちがいない。

 

イトウ先生の世界一わかりやすい美術の授業

 

馬場紀衣(ばばいおり)
文筆家。ライター。
東京都出身。4歳からバレエを習い始め、12歳で単身留学。国内外の大学で哲学、心理学、宗教学といった学問を横断し、帰国。現在は、本やアートを題材にしたコラムやレビューを執筆している。舞踊、演劇、すべての身体表現を愛するライターでもある。

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