読後、あなたは眠れなくなる『インソムニア』辻寛之
ピックアップ

 インソムニアと聞いてピンとくる方もいるだろう。クリストファー・ノーラン監督のサスペンス映画で、舞台は白夜が続くアラスカだ。だが、本作の舞台はアフリカ。PKO部隊として派遣された自衛官が駆け付け警護中に遭遇した事件の真相をめぐるミステリーである。

 

 着想の端緒は自衛隊の日報問題、そして帰国隊員のPTSDの問題である。ストーリーを組みあげていくうちに、現代の戦争という重いテーマに向き合っていた。隠蔽、改ざんで塗りこめられ、真相は藪の中。その藪に入ってしまった自衛隊員たちの苦悩と悲劇を容赦なく書いたつもりだ。

 

「インソムニア」は不眠症という意味だが、実は応募時のタイトルは「エンドレス・スリープ」、意味としては全く逆だった。タイトルが変わったことで原稿にも手を入れた。タイトルが生きる内容を考え、新しい最終章が生まれた。

 

 受賞時に選評でご指摘をいただいた部分も意識し、結果、誇張ではなく、衝撃のラストといえる出来に仕上がっているはずだ。

 

 はじめてプロの編集者の手で自分の原稿が磨かれていったわけだが、改稿時のことを振り返ると、タイトルのせいかどうかわからないが、校了するまでの間、不眠症になってしまった。なかなか寝付けなくなり、朝早く目覚めてしまう。

 

 原稿の影響を受けてしまうとは思いもよらなかったが、作中の隊員たちの悲痛を一身に受け止め、苦しみながらの改稿だったことを覚えている。

 

 この作品の奥底にある、迫力と衝撃をもっと引きずり出せ、という編集者の要求に答えるために作中の隊員たちを苦しめ、奈落の底に突き落とすという過酷な執筆だった。

 

 作者の苦しみが読者の楽しみに変わってくれればうれしい限りだ。多くの方に読んでいただきたいが、どうか不眠症になっても作者を恨まないでほしい。

 

『インソムニア』

 

PKO部隊の陸上自衛官七名。一人は現地で死亡、一人は帰国後自殺。現地で起きたことについて、残された五名の証言はすべて食い違っていた――。選考委員各氏絶賛! 社会派と本格ミステリーを見事に融合した傑作!

 

PROFILE
つじ・ひろゆき 1974年富山県生まれ。埼玉県在住。2018年に『エンドレス・スリープ』で第22回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞し、改題した本作でデビュー。

小説宝石

小説宝石 最新刊
伝統のミステリーをはじめ、現代小説、時代小説、さらには官能小説まで、さまざまなジャンルの小説やエッセイをお届けしています。「本が好き!」のコーナーでは光文社の新刊を中心に、インタビュー、エッセイ、書評などを掲載。読書ガイドとしてもぜひお読みください。
【定期購読のお申し込みは↓】
http://kobunsha-shop.com/shop/item_detail?category_id=102942&item_id=357939
関連記事

この記事が気に入ったら
いいね!しよう

最新情報をお届けします

Twitterで「本がすき」を