芦辺拓『奇譚を売る店』が第14回「酒飲み書店員大賞」を受賞しました!受賞記念インタビュー
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芦辺拓『奇譚を売る店』が第14回「酒飲み書店員大賞」を受賞しました。

 

この賞は、「本とお酒が好きな千葉近辺の書店員と出版社の営業がオススメの1冊を選ぶ!」という趣旨です。

 

芦辺さんに受賞の喜びと感慨を語ってもらいました。

 

2018年11月29日、お祝いの会にて、賞を運営している書店員の皆さんと。

 

 

芦辺拓(あしべ・たく)

 

1958年、大阪府生まれ。同志社大学法学部卒。1986年、「異類五種」で第2回幻想文学新人賞佳作入選。1990年、『殺人喜劇の13人』で第1回鮎川哲也賞を受賞。本格ミステリーを中心に多彩な作品を執筆しており、近著に、『帝都探偵大戦』『新・二都物語』『少年少女のためのミステリー超入門』などがある。戦前・戦後にかけての少年少女小説の紹介にも熱心で、編著書に『西條八十集 人食いバラ 他三篇』がある。

 

最初に思ったのは、酒飲みではないのに、もらっていいのかな、ということでした。「酒飲み書店員」というぐらいですから飲み会をやりながら選ぶのかなぁとか、とにかく想像もつかない場所で自分の本が選ばれたのに不思議な感じがしました。そもそも、自分の作品は、あまり書店員のみなさんに好かれないのかなとも思っていましたし(笑)。

 

『奇譚を売る店』の単行本が出たのが五年前。文庫も三年前という本が取り上げられたのも予想外でしたね。「本は旬が大切」、「初速勝負」なんてことを一般の読者まで話題にするような時代ですから。

 

この作品は僕には珍しく幻想・怪奇小説ですが、これらは自分にとっては原点の一つと言えます。中学時代にショートショートのようなものから小説を書き始めて、高校時代には原稿用紙に万年筆で書き、それを製本して、友人に廻し読みしてもらうなんてこともやっていたんです。その頃からミステリーに興味は持っていたんだけど、自分ではなかなか書けなくて、最初はSFか幻想小説が主でした。だから、執筆していて、長らく自分が遠ざかっていたものに帰ってきたような気がしました。作家として新境地を拓いたというよりは原点回帰した形だったので、自分では違和感はありませんでした。

 

一方で、書籍、特に古書についての小説を書くということには、危惧がありました。先行している作品がたくさんあるので、自分が書く必要はないのではとも思いましたし、好きな題材だけに、つい安直に書いてしまう気がしたんです。本好きの方々が喜んでくれることは確かですが、かえって甘えてしまうのではないかと。ですから、書き進めるにあたって、かなり悩みました。いつもの僕がやるような、あらゆるジャンルの物語にミステリーのフィルターをかけて作品化する手法を採らなかったのは、そのせいかもしれません。

 

ただ、完全に作り物の世界を描いているのに、自分の生活実感がこれほど吸い取られるとは思いませんでした。ミステリーを意識しないことで、私小説的色彩が入ってくるというのは、自分でも面白かったですね。

 

僕は高校時代、新刊書店と同じぐらい古書店で本を買っていました。新刊書店ではいろんな発見があるんですけど。漠然と読みたい本を探すときは古書店の方が好都合でした。新刊書店は本を分野別、判型別などで揃えて並べてあるじゃないですか。旧(ふる)くなった本は店頭から下げられてしまいますし。でも、古本屋はカオスだったから、とんでもない出会いがある。十年前の本と、ついこの前出た本が並べておいてあるかと思えば、ジャンルも判型も違う本が狭いスペースに一緒くたに詰め込まれていたりする。当時の僕にとって、もっとも好きな空間でした。

 

古本屋通いのきっかけは、中学三年の終わりごろ。日本橋(につぽんばし)駅から地上に上がったところに何軒か古本屋があるのに出くわして、そこで黒岩涙香(くろいわるいこう)の『死美人』を買いました。これは、江戸川乱歩(えどがわらんぽ)——実際には乱歩の名義を借りて氷川瓏(ひかわろう)——が現代語訳したもので、そんな本があることも知らなかったから、びっくりしましたね。

 

僕の母は、衛生状態の悪かった昔を知っていますから、夜店で売っていた漫画本なんかも「汚いから」と買ってくれなかったんですが、古本収集には何も言いませんでした。実は、戦前の日本橋には古本屋街があり、女学生時代の母はそこでいつも本を買っていたそうなんです。

 

高校時代は、大阪環状線寺田町(てらだちよう)駅の、学校の近くにあった石塚(いしづか)書店という古本屋さんに、毎日のように通っていました。『奇譚を売る店』のモデルの一つですね。石塚書店のオヤジさんはとても丁寧な人だったんですが、あるとき、突然えらくぶっきらぼうになっていて、何が起こったのか不思議だったことを憶えています。小さい店でしたが、息を詰めるようにして本を探していましたね。やっぱり、長居するといやがられますから。「何か買って帰らなきゃ」という強迫観念を抱くというエピソードは、作中にもありますが、当時の記憶がもとになっているのかもしれません。

 

石塚書店でやたら買っていたのが、桃源社(とうげんしゃ)の「大ロマンの復活」シリーズ。さっきの日本橋の店でも角田喜久雄(つのだきくお)の『妖棋伝(ようきでん)』を買い、若いころ大の小説好きだった母と話題にしたのを憶えています。吉川英治(よしかわえいじ)の『鳴門(なると)秘帖』とか『牢獄の花嫁』とか、深夜のテレビで見た戦前の映画がきっかけで読んだ白井喬二(しらいきようじ)『富士に立つ影』が面白くて、だから今でも史実重視の小説は苦手です。母はSFの話はついていけなかったみたいですが、ミステリーは何とか理解していましたし、伝奇チャンバラの話になると「待ってました!」という感じで。

 

当時は桃源社のポピュラー・ブックスや廣済堂(こうさいどう)出版のソフトカバーなどで、戦前の娯楽文学作品が出し直されていて、僕が中学生の頃には、古本屋にも大量に出回っていました。中高生がそういった作品に触れる最後の機会だったように思います。自分の場合、物語の宝庫は、復刊本と古本屋街にあったということでしょうね。

 

二〇一八年夏に、西條八十(さいじようやそ)の少年少女向け探偵小説集を編纂・刊行しましたが、ことに戦後のこのジャンルについては当初は存在すら知りませんでした。だいぶ後になって集め始めたんですが、知らない本が、古本屋で時代を超えてストックされているのを見ると、古書店こそは物語の源泉、無限の貯蔵庫だという感じがします。

 

新刊書の回転が速く、昨今は文庫化されない作品も増えてきているようです。昔のように、旧い作品が出し直される機会も少ないことを考えると、今回のように新刊時期を過ぎた作品を取り上げてくださるのは、僕が古本屋に感じていた物語の源泉を、書店員さんが守ろうとしてくれているということかもしれませんね。

 

十一月二十九日に、賞を運営している書店員のみなさんにお祝いの会を開いていただきました。なにしろ、お祝いをしてもらうことに慣れていないものですから(笑)、居心地が悪かったらどうしようと思っていたのですが、そんなこともなく、たいへん感激しました。お祝いの品として、『奇譚を売る店』の装画をもとに作った革製のしおりを、額装していただきました。本にまつわるグッズを特別注文で作っていただいたわけです。ああいうものをいただけるとは思っていなかったので、とても嬉しかったですね。これを機会に、これまでにない読者がついてくれれば、と思っています。

 

受賞記念に贈呈された特注のしおり

 

『奇譚を売る店』光文社文庫
芦辺拓/著

 

「また買ってしまった」。何かに導かれたかのように古書店に入り、毎回、本を手にして店を出てしまう「私」。その古書との出会いによって「私」は目眩く悪夢へと引きずり込まれ、現実と虚構を行き来しながら、背筋を寒からしめる奇妙な体験をしていく……。古書蒐集に憑かれた人間の隠微な愉悦と悲哀と業に迫り、幻想怪奇の魅力を横溢させた、全六編の悪魔的連作短編集。

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