特別対談「小説で人を怖がらせる方法」井上雅彦×澤村伊智
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短編集『ひとんち』刊行 澤村伊智 《異形コレクション》監修者 井上雅彦

デビュー作『ぼぎわんが、来る』が映画化され、ホラー小説界の新星として大活躍の澤村伊智さん。
短編集『ひとんち』の刊行を記念して、澤村さんが長年愛読してきた《異形コレクション》の監修者・井上雅彦さんとの対談が実現しました。
ホラー小説原体験から怖い話の書き方まで、おふたりの素顔と魅力に迫ります。

 

井上 このたびは短編集刊行おめでとうございます。

 

澤村 ありがとうございます。《異形コレクション》を出していた光文社さんから出せて光栄です。さらに井上さんと対談できるなんて、とても嬉しいです。

 

井上 『ひとんち』を読ませていただいて、ものすごくいろんなことにチャレンジされてるなと思いました。ほかの出版社で出されたものも含めて、ここのところ急激に面白くなっていますよね。

 

 この中でいちばん最初に書かれたのは「ひとんち」ですか?

 

澤村 そうですね。「闇の花園」とほぼ同時に書きました。

 

井上 なるほど。どちらも一種の叙述トリック的なひっかけがありますね。こっちだろうと思っていたらこっち、というような。ミステリーとしても良くできている。

 

澤村 「宝石ザミステリー」から依頼をいただいたので、ミステリ媒体に載るという前提があって。短編一本の依頼だったんですけど、二つ思いついたので二つ書いたんです。「ひとんち」は「宝石ザミステリー」に、「闇の花園」は「小説宝石」に載せていただいて、原稿料倍もらえて嬉しいなって(笑)。

 

井上 《異形コレクション》でもそういうことされる方はよくいましたよ(笑)。採用しなかった短編も面白くて載せたいので、次の巻でそれが使えるテーマをあらためて作って、そこへ収録したり。短編の好きな作者の情熱のおかげですね。《異形コレクション》はもともと、二冊同時に出して終わりの企画だったんです。それがあれよあれよという間に……。

 

澤村 すごいですね。

 

井上 集めてるうちに、作家のほうからもあれをやりたいってリクエストがあったり。

 

澤村 『異形コレクション讀本』でもテーマについて書かれてましたよね。『河童』をやろうと思ったら『水妖』になったとか。

 

井上 そうなんですよね。今だったら『河童』で一冊できそうだけど。

 

澤村 テーマをどうやって決めていたのか興味があって。例えば『酒の夜語り』とか、「酒」ってホラーと直接結びつく言葉ではないじゃないですか。

 

井上 もともと異なるものを結びつけるのが好きなんです。それに、美食ものってけっこうあるから、食があるんだったら酒があっても良いかなって思ったんですよね。

 

澤村 ああ、ちょっとずらすんですね。「酒」ってどうなんだろうと思って読んだら、めちゃくちゃ面白かった記憶があります。

 

 今回の短編集でネタに困ったとき、「もし《異形コレクション》からこのテーマで依頼されたら」って考えて書いていたんです。「ありふれた映像」は「キネマ・キネマ」、「シュマシラ」は「蒐集家(コレクター)」です。

 

 

 

井上 たしかに「蒐集家(コレクター)」ですね(笑)。この作品は澤村さんの得意技全開という感じがします。

 

 有栖川有栖さんも「自分ひとりで《異形コレクション》をやってみよう」と思って、鉄道テーマの怪談短編集を書いたとおっしゃってました。

 

——先ほど撮影のときに、純粋な短編を依頼される機会がないとおっしゃっていましたが。

 

澤村 僕は幸運にもデビューしてすぐに、いろんなところから依頼をいただいたんですけど、みんな書下ろし長編が欲しいって言うんですよね。そうじゃなかったら連載、そうじゃなかったら連作短編。

 

井上 デビュー作で、ものすごく面白い長編書いたからね(笑)。

 

澤村 ありがとうございます(笑)。それで僕はちょっとズルして、「長編だったらいつになるかわかりませんよ」って言って、短編をもぎとってるんです。シリーズ物や連作が嫌いなわけじゃないし、シリーズ物の短編集も去年出してるんですけど、どの出版社も同じ優先順位であることに異議申し立てをしたい(笑)。

 

井上 以前から短編は不遇でしたよ。《異形コレクション》を作った時も、僕を含めて短編を書きたくて作家になったような書き手が、短編を書かせてもらう場があまりにも少なかったものだから、それなら自分で創ってしまおうと、はじめたわけなのです。

 

澤村 そうですよね。20年くらい状況が変わっていないというのは、複雑な心境です。

 

井上 ひょっとすると、今のほうが悪化してるのかもしれないですね。《異形コレクション》を休ませていただいて、ちょっとのんびりしている間に……。でも、澤村さんのように短編を書きたくてしょうがないという作家は、まだまだ出てくると思いますね。

 

澤村 《ホラーコレクション》じゃなくて《異形コレクション》にしたのは何か理由があったんですか。

 

 

 

井上 僕の最初の個人短編集のタイトルが『異形博覧会』で、これがけっこう売れたからという験担(げんかつ)ぎもあったんです。ショートショートのデビュー作から読んでくれてた宇山日出臣(うやまひでおみ)さん(講談社の編集者)のもとで本格ミステリーを書いた時、「井上さんの小説は異形なものの博覧会みたいだね」って言われたこともあって。怪物的なものが好きだったんですね。世代的に、怪獣番組とかも好きなんです。

 

澤村 直撃ですよね、ウルトラQとかウルトラマンとか。

 

井上 そうなんですよ。子どものころから、怪獣や妖怪のような異形なものに、怖さよりも、魅力やカッコよさを感じてきた世代なんです。

 

澤村 このタイトルはすごく大きいですよね。《ホラーコレクション》だったら、偏ったり細くなっていったと思います。《異形》だから、ファンタジーも怪談もSFもやれたんですよね。

 

井上 そうですね。《異形》を出して以降、アンソロジーという方法が浸透したのも嬉しかったです。さらに、これは計算外なんですが、最近、業界では、アンソロジーというと、傑作選よりも、書下ろしの競作アンソロジーを指すことのほうが多くなってしまったようで。

 

——それは《異形コレクション》のおかげなんですね。

 

井上 僕としては、複雑な思いですが。当時は「傑作選でもないものを、アンソロジーと呼ぶな」と怖い人にいっぱい怒られてきましたからね(笑)。だけど怪奇小説の歴史でいうと、1926年にイギリスでシンシア・アスキスが全作書下ろしの短編アンソロジー《ゴーストブック》を出したことで、英国怪談が活性化したんです。このシリーズがあったからこそ翻訳の傑作選も世に出たわけで。

 

 それと、95年にレイ・ブラッドベリに会いにアメリカに行ったとき、書店で、ミイラ男や半魚人のオリジナル・アンソロジーを見かけたんです。こういうマニアックなテーマものは日本でまだないし、作りたいなと思ったんですよね。

 

——おふたりそれぞれの、「怖い話」の原体験をお聞かせください。

 

澤村 佐藤有文(ありふみ)さんの『絵ときこわい話 怪奇ミステリー』が原体験ですね。僕が生まれる前に出た本なんですけど、その中に入ってた「人おおかみ」って話がめちゃくちゃ怖かった。フレデリック・マリヤットの「人狼」の抄訳なんですけど。

 

《異形コレクション》だと、『時間怪談』の「おもひで女」(牧野修)と、『伯爵の血族 紅ノ章』の「赫眼(あかまなこ)」(三津田信三)がすごく怖かった。「赫眼」は、伝統的な吸血鬼のスタイルを取りつつ、日本の話っていう落とし込み方が印象に残っています。

 

 面白かった話はいくらでもありますけど、怖かった話というと、狭まりますね。

 

 

 

井上 原体験で言えば、僕は「上段寝台」(F・マリオン・クロフォード)の抄訳かな。イギリスの海を渡る、寝台付きの船の話で、下で寝てると上から気持ちの悪い、生臭いものがやって来る。子どもだから実話だと思って読んでいて、すごく怖かったですね。流行した中岡俊哉(としや)の実話本とごっちゃになってます。

 

澤村 大人になってからだと、平山夢明(ゆめあき)さんの実話怪談に影響を受けたと思います。平山さんて、テクニカルなことをすごく分かりやすくやってるんですよ。〝ひけらかしてる〟というと変ですけど、〝はい、テクニックです〟って。それがすごく面白くて。要するに、怖がらせるのは技術であって、ネタそのものじゃないということなんですよね。

 

井上 それとは、ちょっと違うのかも知れないけれど、小松左京(さきよう)さんとか日本SFの第一世代の作家が書く世界って筆力の怖さを感じますね。タイムスリップにしてもパラレルワールドにしても理論上のものだけのはずなのに、まるで書き手が実話だと信じてるんじゃないか、とさえ思わせるような筆力があって。

 

——昨年末、『ぼぎわんが、来る』が映画化されました。おふたりはホラー映画はご覧になりますか。

 

澤村 好きですね。日本の映画だと『女優霊』がオールタイムベストです。

 

井上 それで「悲鳴」(『などらきの首』収録の短編)のなかにあの俳優の名前が出てくるんだ(笑)。

 

澤村 海外の映画だと『エルム街の悪夢』ですね。《異形コレクション》の『夢魔』にも少し通じるような気がします。

 

井上 僕は、子どもの頃に見た特撮番組のウルトラQ「悪魔ッ子」と、日曜洋画劇場で見た『シェラ・デ・コブレの幽霊』。これがトラウマでね。最近観たホラー映画だとアルゼンチンのアンディ・ムスキエティ監督の『MAMA』が良かった。ひょっとして監督は日本のホラー映画も観たのかなと思って。ラストが黒沢清(きよし)監督の『スウィートホーム』のアンチテーゼになってるんですよね。

 

澤村 そうなんですね。『スウィートホーム』はDVD化されてなくて、いまだに観られてないんですよ。

 

——ホラー小説や怖い話の依頼があったとき、どこから物語を作られますか?

 

澤村 僕は、日常で変なことを起こそうと思って作ります。特に短編では、あまり人を死なせたくないですね。

 

井上 メモしたりします?

 

澤村 あんまりしないです。家族と雑談しながら、アイデアが浮かんできたりしますね。パソコンに向かうよりは、普段しゃべってる中からとっかかりが生まれることが多いです。

 

井上 僕はラストシーンの絵から作って、そこから逆算したりします。こういうラストにしたい、そのためにはどういう物語にすれば良いのか。オチというよりはイメージですね。
 それと、どちらかというと手法から作っています。好きな短編集をあげろと言われたら、わざと音楽のアルバムから、ザ・ビートルズの『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』や、サザンオールスターズの『綺麗』と答えたりするんですが(笑)。たとえば、ロックの中に取り入れるのが、バッハの対位法や、インド音楽、昭和歌謡だったりと、あの手この手を使って、あらゆるテクニックを駆使して音楽を創ってるんですが、僕も小説でいろいろ試してみるのが愉しくて。さまざまな手法からいろいろと組み立てていくのが好きなんですね。で、書いてみると、ホラーになってしまうという。

 

澤村 あの手この手を使うというのは、《異形コレクション》で学びました。こんなことしていいんだ! って。『心霊理論』に入っている井上さんの「私設博物館資料目録」は、延々と資料の説明だけ書かれているんですけど、行間から事件と人間関係が浮かび上がるんですよね。こういうのも小説なんだと思ってうれしかったです。井上さんの作品のなかで、一番好きかもしれません。

 

 

——ホラー小説や怖い話を書くうえで、大切にしていることは何ですか。

 

澤村 デビュー作から一貫して、ホラーやミステリじゃなくて、「怖くて面白い話」を書きたいと思ってます。あわよくばさらに「びっくり」させたい。ミステリとは? ホラーとは? っていう定義論になるのが嫌なんですよね。

 

 あとは、なるべく一般性を持たせたい。間口を狭くしたくないんです。デビュー作が、別にホラーが好きじゃない友だちに向けて書いた作品なので、その成功体験も大きいと思います。

 

井上 特に『ひとんち』には、日常的なものがすごくたくさん出てきますよね。ホラーを読もうとしてる人にとっては邪魔に感じるかもしれない。

 

澤村 それはもう仕方ないと思ってます。僕はホラーを書いてないんで、っていうと誤解されちゃうけど。怖くて面白いものを目指して書いてるんで、それがホラーかどうかは受け手の判断におまかせしますっていう感じです。

 

井上 ジャンル定義の話になると、ホラーと怖い話は、ずれていきますからね。

 

澤村 小説も映画もそうですよね。『死霊のはらわた』は怖くはないし、冒頭は明らかに笑わせる気だし、でも100%ホラーですからね。

 

 本当は本を出すときに「ホラー」「怖い」って謳(うた)うのも嫌なんですよ。例えば恋愛小説のふりして出して怖がらせたい。商業媒体だから無理なんですけど。

 

井上 その話で思い出すのは、川島誠さんの「電話がなっている」。中学生くらいの男女の青春小説かと思って読んでいたら、だんだん普通の世界じゃないとわかってくる。この小説が『だれかを好きになった日に読む本』という児童文学の傑作選シリーズに入っているんですよ。思いもよらないところで読んだので、驚愕しました。「冷たい方程式」(トム・ゴドウィン)を超えてますね。たぶん、僕にとって最も怖い話です。

 

澤村 不意打ちはずるいですよね。「怖い話」は不意打ちがいちばん効くんですよ。だからお笑い芸人ってすごいと思います。今から笑わせますよって出てきて、ちゃんと笑わせて帰りますもんね。

 

——これから書きたい「怖い話」を教えてください。

 

澤村 子どもが読んで、子どもが震えあがるような話を書きたいですね。親の本棚からこっそり手にとったらめちゃくちゃ怖くて、その日の夢に出てくるような。それくらいまで間口を広げたいです。

 

井上 僕の場合は、怖い話と言うよりも、やはり、まずは、自分にとっての異形なもの、つまり、自分がカッコいいと思うものや、魅力的なもの、美しいと思うものを、もっともっと追求していきたいんですね。なんなんだろうこれはと、理由もなく惹きつけられてしまうもの。でも、かつての自分がそうだったように、夜中や明け方に目覚めてからそれを思い出すと、どうしようもなく怖くなってくる。そんな怖さを目指したいんです。……でもって、目標は『サージェント・ペパーズ……』(笑)。

 

——澤村さんのように、《異形コレクション》が休みに入った後にデビューされた方たちの年代の《異形コレクション》が読みたいですね。

 

澤村 選ばれたいです。全力で書きます。井上さんからお題をもらえたら、めちゃくちゃ嬉しいです。

 

井上 ううむ。そこまで言っていただくと、自分の内側に閉じこめた筈(はず)のあの恐ろしい《異形》監修者が、またぞろ蠢(うごめ)きだしてしまいそうで怖い……(笑)。実は、とある大きな文学賞を獲ったばかりの若手作家さんから来た今年の年賀状にも「異形コレクションが復活したらよろしくお願いします」なんて書かれてましたし……。いや、もしも再開したら、澤村さんにはぜひ寄稿いただきたいです。

 

 

 

 

澤村伊智 さわむら・いち
1979年、大阪府生まれ。2015年、『ぼきわんが、来る』で第22回日本ホラー小説大賞を受賞。同作は今年、『来る』のタイトルで映画化され、話題を集めた。近著に『ししりばの家』『などらきの首』。

 

 

井上雅彦 いのうえ・まさひこ
1960年、東京都生まれ。’83年「よけいなものが」(星新一ショートショート・コンテスト優秀作受賞)でデビュー。’97年より自ら企画・監修したアンソロジー《異形コレクション》(廣済堂文庫、光文社文庫)は、’98年に日本SF大賞特別賞を受賞。現在48巻に及び、アンソロジストとしても活躍。近著に『夜会 吸血鬼作品集』。

 

 

『ひとんち 澤村伊智短編集』

 

 誰しも、人には言えないことがある。マイナーな趣味や特殊な持病は理解してもらいづらいし、結婚相手の実家には馴染みのない習慣があるものだ。心地よくくつろげるはずの我が家にも、世間には明かせない秘密が潜んでいるのかも……。現実への強烈な違和感を通奏低音に、恐怖と異形、人間心理の暗部にこだわりぬいて紡いだ全8編。

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