2019/05/14
小説宝石
『ハムレット殺人事件』東京創元社
芦原すなお/著
『ハムレット』といえばシェイクスピアの四大悲劇の一つである。登場人物が次々に死ぬ物語に様々な解釈がされてきた名作だ。芦原すなお『ハムレット殺人事件』では、大女優・夏日薫が中心となり上演予定だった『ハムレット』の最終リハーサルで彼女を含む出演者五人が死亡、一人が劇中のオフィーリアのごとく水に浸かり失神状態で発見される。どんな順番で事件が起きたのか、不可解な状況だ。
作中では夏日薫の出演作として『アドルフ』、『マノン・レスコー』、『メディア』、『マクベス』といった古典に言及される。その意味では芸術の香りが漂う内容である。だが、それ一色ではない。学生時代に夏日とともに芝居をした私立探偵・山浦歩は、事件前から彼女に助けを求められる夢を見ていた。このため、彼は事件を解決しようと乗り出すが、伝手(つて)をたどり協力を得ることになった遠藤警部からは邪険にされる。通称「ふーちゃん」の山浦と遠藤のやりとりはコミカルだし、ふざけているとすらいえる。
また、夏日は『ハムレット』を舞台化する際、夫でヤクザとつながりのある男優、チンピラ上がりの若手俳優、女性アイドルなど、名作の上演らしからぬキャスティングをした。クセのあるメンツゆえ、裏では悶着もあったらしい。シェイクスピア劇は聖と俗の両面をあわせもつが、俗に傾いた配役であり、それを題材とするこの小説も笑いに傾き、悲劇であるよりも喜劇のノリに近づいている。真相が語られる結末部分に顕著な通り、『ハムレット』の芸術性と、この名作に対する先入観を裏切る異質な要素を重ねたところに面白みがある。実はこの芝居は悲劇ではなく喜劇だったのではないかと思えて、困ってしまう。
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『ハムレット殺人事件』東京創元社
芦原すなお/著