ryomiyagi
2021/09/18
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2021/09/18
『白光』
文藝春秋
『眩』(くらら)で、葛飾北斎の娘で「江戸のレンブラント」と呼ばれた浮世絵師・葛飾応為(おうい)を描き大絶賛された朝井まかてさん。新刊『白光』の主人公・山下りんも応為と同じ絵師で幕末から明治・大正・昭和を生きた日本人初のイコン画家。イコンとはキリストや聖母を描いたロシア正教の聖像画です。
「応為で絵師は描き切った気持ちが強かったのですが、りんはロシア正教に入ってイコン画を描いている。信仰については書いたことがなかったので、険しく高い山を登ることになるとわかっていたのですが挑戦することにしました」
物語は元笠間藩士の妹・りんが、嫁げば好きな絵を描くことはできなくなると思い、東京で絵師になりたいと家出するところから始まります。いったんは連れ戻されるものの、やがて兄と母の許しを得て、上京。師を幾人も替えた後、明治政府が作った工部美術学校で西洋画を学び始めます。
ある日、同級生の誘いで訪れたロシア正教の教会で宣教師のニコライと出会います。その後、洗礼を受けたりんは教会の援助でロシアに留学しますが、理想と現実の狭間で苦しみます。帰国して初めて、自身に「神を想う心がない」と気づいたりんは、一度は教会から離れますが、紆余曲折を経て、再び聖像画師として生きる決意をするのでした。
「りんの日記、作品やほかの人の証言などを読み込みました。ニコライも日記を残していますが、日本人の信徒に言えないことなどが書かれていて面白かったです。それら周囲の人々と時代、国柄、りん自身の感情まで想像しながら彼女の人生をたどりました。事実とフィクションの狭間でどこまで許されるのか、自問自答しながら書いた作品です」
朝井さんは“りんの捨てっぷりが好き”と続けます。
「家出は親兄弟を捨てることですし、ロシア正教徒になるのは仏教を捨てること。ロシアに行くのも国を捨てる覚悟がないとできませんし、何より結婚して子どもを産むといった女性としてどう生きるかということも捨てている。私くらいの年齢になれば“人生なんでもかんでも手に入るわけがない”と身にしみていますが(笑)、りんは若いうちから絵さえ描けたらほかには何もいらないと腹を括っています。その覚悟の付け方が潔いんです」
一方、疑問もあったそう。
「芸術と信仰の間で揺れ続けたりんに真の信仰心はあったのか、あったとすればそれはいつ萌芽(ほうが)したのか、ずっと考えていました。ラストは私なりの答えです。彼女が至った境地は、私の祈りでもあります。りんは今の時代では体験できない回り道を歩いた人です。芸術のためなら人とぶつかることもためらわない人でした。でもふと見せる横顔には孤独だけではなく、小粋なユーモアものぞかせる。そんな彼女の人生を読者のみなさんがどう見てくださるのか、私も興味があります」
先の見えない日々を「絵師になりたい」という思いだけで生き抜いたりん。終わりの見えないコロナ禍に誰もが生きづらさを感じる昨今、りんの一途な生きざまが読み手を鼓舞し勇気づけてくれます。今だからこそ読みたい快作です。
PROFILE
あさい・まかて●’59年、大阪府生まれ。’14年、『恋歌』で第150回直木賞、’16年『眩』で第22回中山義秀文学賞、’18年『雲上雲下』で第13回中央公論文芸賞、『悪玉伝』で第22回司馬遼太郎賞、’21年『類』で第71回芸術選奨文部科学大臣賞をそれぞれ受賞。
聞き手/品川裕香
しながわゆか●フリー編集者・教育ジャーナリスト。’03年より本欄担当。著書は「若い人に贈る読書のすすめ2014」(読書推進運動協議会)の一冊に選ばれた『「働く」ために必要なこと』(筑摩書房)ほか多数。
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