スローライフの夢と現実。「まやかしのスローガン」に踊らされるな!!
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BW_machida

2021/10/14

写真/樋口明雄

 

想像してみてほしい。森や林が広がる場所にポツンと建てた一軒家。釣り竿を持って近所の川へ出かけて、夜は庭先でたき火をして星空を見ながらお酒を飲む。冬なら薪ストーブの前で読書を楽しんで、夏がきたら家庭菜園でハーブを育てる。田舎でのそんなスローライフに憧れる人はおおいだろう。もしあなたが移住の計画を立てているなら、とりあえず本書を読むことをおすすめする。

 

都会暮らしに嫌気が差したこと。身近な場所で趣味の登山や釣りがしたかったこと。著者が田舎暮らしを決めたのはこうした理由からだった。しかし現実は夢見ていたものとはかなり違ったようだ。「まやかしのスローガンに踊らされてはいけない」というくらいだから。

 

田舎暮らしはとにかく多忙、らしい。夏草の刈り払い、冬の雪かき、家庭菜園や農地の水まき、肥料のすき込み、収穫、薪作り。子どもが学校に通っているなら、ここにPTAの会合や通学路の掃除、学校行事の準備の手伝いや校庭の草刈りも加わる。とにかく朝から晩まで汗水流して働きづめで「少なくとも、自分の周辺でスローライフを謳歌している家はほとんどない」という。そんな具合に、本書ではスローライフ(といわれる暮らし)の夢と現実が語られる。

 

著者の住まいは写真を見るかぎり、オシャレなログハウスなのだが「外壁の隙間から虫が入ってくる」のが悩みの種らしい。狭い隙間にもぐり込んで冬を越すカメムシが、寒くなるとログ壁の隙間からそのまま屋内に出てくるのだという。暖かい場所に来て元気になったカメムシは日中窓に張りつき、夜になると電灯のまわりを飛び回るのだからたまらない。

 

ログハウスは構造上、あまり部屋を多く作れないらしい。だから必然的にクローゼットなどの収納場所に困ることになる。ログハウスはぶ厚い丸太の外壁に囲まれているが、内部の間仕切り壁は薄い板だけという場合が多く、音が筒抜けなのも欠点だという。著者いわく「飲み物などをうかつにこぼしてしまうと、床板の隙間からダイレクトに下の部屋に流れて行く」のだという。それで押入れの布団に染みを作ってしまったこともあるとか。「ただし、単純な構造のおかげで乾くのも早い」そうだ。

 

とはいえ悪いことばかりではない。ログハウスは冬場の寒さをほとんど感じさせないほど暖かいし、頑丈で耐久性があるから地震にも強い。じつは耐火能力も高い。著者も四季を通して快適に過ごせる点においてはログハウスの建物としての価値を認めている。

 

声高にスローライフを叫ぶのではなく、不便さや数々の問題に直面しながら、近所の人たちとの交流を通して田舎暮らしの本当の「価値」が語られているのがいい。もちろん、移住のための知恵も満載だ。

馬場紀衣(ばばいおり)

馬場紀衣(ばばいおり)

文筆家。ライター。東京都出身。4歳からバレエを習い始め、12歳で単身留学。国内外の大学で哲学、心理学、宗教学といった学問を横断し、帰国。現在は、本やアートを題材にしたコラムやレビューを執筆している。舞踊、演劇、すべての身体表現を愛するライターでもある。
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田舎暮らし毒本

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樋口明雄

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