『明日のフリル』著者新刊エッセイ 松澤くれは
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BW_machida

2022/03/03

服屋の店員、こわくない。

 

店員に話しかけられたくないから服屋に行きたくないという人が少なくない。気持ちはわかる。のんびり見たいから放っておいてほしいときは僕にもある。だけどアパレル店員を避けないで。彼らは服を着る人を愛してくれる、超ド級の服オタク。絡まれたほうが面白い。

 

とあるショップでのこと。初めて店を訪れたとき、あぐさん(仮名)という店員に話しかけられた。派手髪ツインテールのお姉さんで、ほんわかした印象とは裏腹に、その熱い話しぶりや芯のあるコーディネートから、自分がいいと思うファッションを全力で楽しむ人だとわかった。次第に意気投合し、気づけば、来店の際は必ずあぐさんが接客するようになる。「担当」というやつだ。今まで店員とはその場限りの会話しか交わしたことがなく、積み重ねの交流は新鮮だった。週一で遊びに行った。毎回買うわけじゃない。軽くおしゃべりして帰る日もある。一人で行って、二人で買い物をするような体験ができた。

 

ある時。店を訪れると「あっ松澤さん、ちょっと待ってて!」と言ってあぐさんが外に出て行った。店内を見て回って、何となくのんびりしていたら、

 

「ハッピーバースデー、トゥーユー」

 

あぐさんが両手にケーキを乗せて戻ってくる。呼吸は荒い。予め用意せず、僕が来店したらケーキ屋に走ろうと考えていたらしい。ローソクの火が商品に燃え移ってはいけないと、僕は慌てて息を吹きかける。服屋でバースデーサプライズされたのは初めてで、嬉しいやら、笑っちゃうやら、とにかく最高のひと時だった。

 

服屋にあるのは服だけじゃない。そこには人の想いが集まり、店にも店員にもお客さんにも、物語が生まれる。新刊『明日のフリル』には、洋服がつなぐ人々の想いを描いた。読んだあと、久しぶりに服屋に行って、何かがはじまりそうな予感を感じられる—そんな一冊になったら嬉しい。

 

『明日のフリル』
松澤くれは/著

 

【あらすじ】
上野の森に佇む洋服店のファッションデザイナー、梓振流。ある日、アパレル販売員のあやめがお店を訪れ、振流のアイテムに心動かされる。彼女が知ることになる彼の服への思い、哲学、そして秘密とは。笑顔をもたらすハピネス・エンタテインメント!

 

松澤くれは(まつざわ・くれは)
1986年富山県生まれ。劇作・演出から創作活動に入り、2018年、『りさ子のガチ恋俳優沼』で小説家デビュー。著書に『星と脚光』など。『ネメシス』書下ろし小説版に執筆陣として参加。舞台演出・脚本でも活躍する。

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