ryomiyagi
2022/07/06
ryomiyagi
2022/07/06
私は今年の三月に大学を定年退職し、作家兼大学教授という二足の草鞋生活からようやく解放された。近頃は、観劇三昧の生活を送っているが、今まで観たもので、一番面白かったのは、長澤まさみさん主演の『フリムンシスターズ』だろう。また、吉田羊さんなどの、オール女性キャストで上演された『ジュリアス・シーザー』もよかった。私の原作に基づいた黒沢清監督の『クリーピー 偽りの隣人』に出演していた藤野涼子さんも、このシェイクスピア劇のキャストの一人だった。藤野さんと言えば、黒沢映画では「あの人、お父さんじゃありません。全然知らない人です」という衝撃的な台詞を吐く澪という少女役を演じて、話題になった女優さんである。
この台詞が、妙に印象に残るのは、それが図らずも意外性の表明になっているからだろう。そして、意外性がミステリー作品においてもっとも顕著に表れるのがクライマックスで、まさに犯人が判明する瞬間なのだ。しかし、どうやら、早い段階で犯人を言い当てることが、読者にとって最大の自慢らしく、中には、「最初の一行で犯人が分かってしまった」などとネット上で嘯いている強者もいる。「お前は霊媒師か、それとも天下の大法螺吹きか」と突っ込みを入れたくなる作家の気持ちも分かっていただきたい。その段階では、犯人はまだ登場すらしていないのである。
今回の作品は、大学内で蔓延るネットワークビジネスの日常的恐怖と気味の悪さを描いたものだ。それを象徴しているのが、ホロホロ鳥、つまりギニー・ファウルである。マルチ商法という言葉で非難される商取引が、果たして合法か非合法かという視点でこの作品を読み解くのも面白い(現在、ネットワークビジネスに悩んでいる人の必読書です!)。しかし、最大の肝はやはり犯人の意外性で、直線的な犯人捜しの網を微妙にかいくぐるブリッジのような仕掛けを作ってみた。見破られることはないはずだがー。
『ギニー・ファウル』
前川裕/著
【あらすじ】
教授兼小説家の稲本は、未解決の夫婦失踪事件を題材に作品の取材を進めていた。事件を追う中、夫婦がマルチ商法に関係していたことを知る。奇しくも勤務先の学内では悪質なビジネスが流行。この符合は偶然なのか? 恐怖が忍び寄るクライム・フィクション!
まえかわ・ゆたか
1951年東京都生まれ。2012年『クリーピー』が第15回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞し、作家としてデビュー。映画化もされ話題に。著書に『クリーピー ゲイズ』『ビザール学園』などがある。
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