何気ない文章の豊かさが忘れがたい 不遇の作家が残した私信のような随筆集

坂上友紀 本は人生のおやつです!! 店主

『風の便り』夏葉社
小山清/著

 

「五月のそよ風をゼリーにして持つて来て下さい」と言ったのは詩人の立原道造で、「風こそは信じ難いほどやわらかい、真の化石なのだ」と言ったのは、詩人の谷川雁です。時に爽やかさの象徴であり、時に神秘なるものの象徴である「風」がもたらす「便り」って、どんなもの?

 

……と、タイトルからして既にこちらの想像をふくらませてやまないこの本は、小山清のエッセイ集で、「小山清」と言えば、地味ながら大変心に沁みいる文章(主に小説)をぽつぽつと書いていた昭和の作家です。彼について説明するのに一番通りがよいのは、「太宰治の弟子だった」こと。次に挙げるなら、ドラマにもなったミステリー小説『ビブリア古書堂の事件手帖』の中で、小説集『落穂拾い・聖アンデルセン』が取り上げれられたこと、ではないかと思われます。生前に書いた小説は数少なくとも、実に三度までも芥川賞候補作に選出されたのですが、残念ながら生きている間に大家になったわけでも、没後、急激に人気が上がったわけでもありません。どちらかと言えば低空飛行気味。だけど好きな人は好き! な上に、好き!と思う読者が、ジワジワながらも増え続ける作家、といった印象。

 

そんな小山清の年表を見ていると、正直、抑えきれないうめき声が出てしまうー! なんとなれば割と不幸せ(ご本人がどう捉えていたかは分かりませんが、客観的に見て不幸せ。若かりし頃にやってはいけないことをしているし、もちろん貧乏だし、極めつけには病気がきっかけで作家なのに失語症に陥る、エトセトラ)な出来事がてんこ盛りだからです。不遇に見受けられる彼の人生の中で、たまに希望のかけらめいたものが輝けば、ファンとしては「ああ! これでようやく小山清も幸せに……!」と喜びたいのに、直後にとんでもない憂き目に遭われている……。その時の気持ちを想像するだに辛くなってしまって、どうも「ううう!」とうめいてしまう。考えてみれば「芥川賞に何度もノミネート」も、幸せだともそうでないとも一概には言えない気がしますが、紆余曲折な年表と照らし合わせつつ、日々の暮らしから生み出された小説やら随筆やらを読むと、より一層作品が深みを増します。というか、私小説作家に幸あれーっ!!

 

と、勝手に思うところ大な小山清の生涯はさておき、『風の便り』に話を戻しますと、似たような意味合いでも風の「噂」と「便り」とでは言葉から受ける印象が異なります。浮かぶ色味だって違う。「便り」とした時の、その優しい空気感! 全体、この本に収録されたどの作品を読んでいても、古風でほんのりとするような言葉遣いが多く見受けられ、奇を衒わないからこそ永く続く良さがあるのですが、特に、最初に収録された「夕張の友に」は秀逸で、一行、一行から人としての豊かな実りが感じられます。特に心に残ったのは、以下。

 

君のよさは、ながくともに暮らしているうちに、いつか自然にこちらの心に映ってくるような性質のものです。しかもすこしも際立った印象をともなわずに。人は君をよく知るようになれば、きっと君の人柄に惹かれるようになるでしょう。(中略)人が君から受けるものは、社交の楽しさではなくて、なんともいえない安心感なのです。君の人柄には、なんによらず、人に強いるものがありませんでした。君は平凡な人です。

 

無論、「平凡であること」は、ここでは間違いなく大きな賛辞として使われています。また、

 

おそらく大抵の人が君を好きになるでしょうが、人はふだんはそのことをまったく忘れていて、「好きな人」として君のことを念頭に浮かべることはしないでしょう。人は君のことを、人気者を好くような仕方では考えないからです。若しも君のような人を邪魔にする人があるとしたなら、その人はよほど心の邪な人に違いないでしょう。

 

……と「友」について語ることはどれも、そのまま「小山清そのもの」、あるいは「小山清の作品から読者が受ける印象」に等しいです。ほんと、小山清が嫌いとかいう人がいたとしたなら耳を疑っちゃうぜー!

 

すごいのは、一見「普通に見える言葉」で綴られる文章の中から、仮に無作為にどれか一文だけ抜き出して読めば、俄然、なんとも言えない素敵な言葉に早変わりしてしまうところ。帯に抜粋された「好きな人のことを褒めることで生涯を送りたい。」という文言もそうで、本の中においてのその一行は、周囲の文と馴染んでしまっているため、読んだ瞬間にハッと稲妻が走るようなインパクトがあるわけでも、強烈な存在感を放っているわけでもない。なのに、読み返してじっくり味わえば、良いではないか! 良いではないかーっ!! と、二回繰り返して叫びたくなるような味わいを醸し出すのです。

 

一方、読めば読むだに、心地良い地味さだなぁ!ともしみじみ思います。だから、発表してすぐに爆発的に売れるようなタイプの作家ではなかったことにも大変納得しつつも、亡くなって50年以上を経た今、素敵で綺麗な佇まいの本(※)が作られたことは、たとえ本人没後であろうとも、「コツコツとした行いは、必ず実を結ぶんだ……!」と大変勇気づけられもすれば、単純に「おめでとうございます!」と嬉しくもなるのでありました。

 

(※ カバーのタイトル文字の、「丁度いい」大きさと、楚々としていながらしっかり活版で印刷されていることの合わせ技! また、中ページに何枚か出てくる装画も内容としっくり合っていて、しかもその装画は一枚一枚手貼りで、「大事にしなければ!」という気持ちにさせてくれます。2021年刊行)

 

『風の便り』夏葉社
小山清/著

この記事を書いた人

坂上友紀

-sakaue-yuki-

本は人生のおやつです!! 店主

2010年から11年間、大阪で「本は人生のおやつです!!」という名の本屋をしておりましたが、2022年の春に兵庫県朝来市に移転いたしました! 現在、朝来市山東町で本屋を営んでおります☆ 好きな作家は井伏鱒二と室生犀星。尊敬するひとは、宮本常一と水木しげると青空書房さんです。現在、朝日出版社さんのweb site「あさひてらす」にて、「文士が、好きだーっ!!」を連載中。

関連記事

この記事が気に入ったら
いいね!しよう

最新情報をお届けします

Twitterで「本がすき」を