2021/09/01
三砂慶明 「読書室」主宰
『物理学者のすごい思考法』集英社インターナショナル
橋本幸士/著
科学の進歩の背景には、科学者独特の思考法が存在している。
こう言われたら、まあそうなんだろうな、と考えずにうなづいてしまいそうですが、この本のすごいところは、それをたとえば「たこ焼き」で実践していることです。
たこ焼きと物理学に果たして一体何の関係があるのか。
いや、ないだろと読みながら心の中で即答したら、
「なぜこの世には、半径2センチメートル以上のたこ焼きが存在しないのであろうか」
という問いに、目が覚めました。
著者によれば、よくある理系ジョークに、花火大会での会話で専門がバレる、があります。
美しい花火が上がった時に、「今のはマグネシウムが多いな」とか言ったら化学系、
「音の遅れから発火点は2キロ先」とか言ったら物理系、
「仰角が30度だから三角関数が使いやすい」とか言ったら数学系
といった具合で(実話)、専門にどっぷりつかってしまうと、花火が美しいという観点がかわってしまう典型例として紹介されています。
物理学者は、物理学で世界を見る職業です。
物理の研究で大切なのは、与えられた問題を解くことではなく、適切な問題を発することだと著者はいいます。
この本にある問いは、エスカレーターを歩かせずに立ち止まらせるにはどんな方法があるかだったり、なぜ炊飯器を炊くとカニの巣穴みたいな穴があいているのかだったり、スーパーで人とぶつからない歩き方だったり、持っていくのを忘れやすいハンカチのありかだったり、思わず相槌を打ちたくなるほど、身近でありふれた日常です。
この日常が、たとえば玉ねぎの皮をむきながら、物理学というフィルターを通した途端に、「宇宙という名の玉ねぎ」が出現する。
玉ねぎやニンニクの皮をむくと、むけなくなるほどに小さくなり、包丁で切って中身をみてみると、そこには皮の構造は見当たらない。しかし、構造が見えないからといって、皮が存在しないことの証明にはならない。
大どんでん返しにつぐ、大どんでん返し。
なぜ花は美しいのか、という日常の謎が物理学で解けないことを歯噛みしながら、
「自分が心の底から解きたい問題に出会い、それに没頭して自分を捧げ、時にやってくる解決のアイデアに狂喜する」
物理学者の危険な日常。
著者の専門は、「超ひも理論」で、私たちの宇宙がすべて小さな「超ひも」からできているという物理学の仮説。
いきなり異次元に連れて行かれて、そのまま帰ってこれなくなってしまう、とても危険な本。
読む場所とタイミングには、くれぐれもご注意ください。
『物理学者のすごい思考法』集英社インターナショナル
橋本幸士/著