目の見えないスーダン人が単身で来日してから15年暮らして感じたこと

金杉由美 図書室司書

『わが盲想』ポプラ社
モハメド・オマル・アブディン/著

 

 

スーダン人で視覚障碍のある19歳が、鍼灸を学びに故郷を離れて遥か彼方の日本まで単身留学。
日本語はまったくわからないし、英語もそんなに堪能ではないし、アラビア語の点字もあまり読めない。鍼灸についても、体のあちこちに鍼をさして病気を治す魔法みたいなやつだよね?程度の知識しかない。白杖の使い方にも慣れてないし、実を言うと靴ヒモも自分では結べない。
…なんという蛮勇。
石橋を叩いて渡るどころか、白杖で棒高跳びをして渡っちゃう勢いで蛮勇。
そんな彼が本当に日本までたどり着いて、鍼灸を学び、大学に入学し、更に大学院に進み、NPOを立ち上げて、母国の女の子とスピード結婚をする。そこまでの15年間を、本人がパソコンの音声読み上げソフトを駆使してオヤジギャグ満載の日本語で綴ったのが本書。

 

最初から順風満帆だったわけではない。
来日した当初は日本語能力テストを受けて問題文すら読めずパニックを起こして白紙の答案を前に号泣したほどの落ちこぼれ留学生だった。
そこからスタートして、ホストファミリーのお父さんのダジャレとラジオの野球中継(アナウンサーの詩的な表現は民放がNHKに圧勝らしい)によって日本語を身につけ、人脈をバンバン広げ、ブラインドサッカーに興じ、タンデムの自転車でツーリングを楽しみ、学びたいことを学べるようになったのだ。
そのバイタリティ溢れる行動力には、心から拍手喝采をおくりたい。
困難を乗り越えまくって人生を楽しんでいる著者の姿は、間違いなく読者に勇気と元気を与えてくれる。

 

日本とスーダンの文化の違い、視覚障碍者とそうじゃない人たちが感じている世界の手触りの違いも、目からウロコが落ちる興味深さだ。

 

「本がすき。」の読者のみなさんはもちろん本が好きだろう。本が読めない状況なんて考えたくもないだろう。
視覚障碍者でも点字で読書をすることは出来る。
でも実は不自由のないスピードで点字が読める人はかなり少ないらしい。
特に中途失明者が点字をマスターするのはとても難しいという。
本書の扉の部分には書名・著者名・出版社名が点字で刷られている。
触っても単なるポツンとした出っぱりだ。これをひとつひとつ指先で感じ取っていって位置を確認し、脳内で五十音に直して、なおかつ単語に置き換えて、そうして初めて文章となる。
うわあ、どんなに練習したとしても、まったく読めるようになる気がしない。
著者も生まれたときは多少視力があり徐々に失っていった中途失明者なので点字は不得意。本を読むときは友達や家族に読み上げてもらっていた。
来日してから点字を本格的に学び、好きなときに読みたいものが読める喜びを知ったのだ。
読書は翼なんだなあ、本当に。

 

日本より数段暑いスーダンから来た青年が、無理ゲーに挑んだ末にとうとう翼を手に入れた。そして幸せな家庭も手に入れた。
本書は、そんな血沸き肉躍る冒険譚。

 

そうそう、この家庭を手に入れる過程も日本人にとっては信じられないくらいツッコミどころ満載で、とてつもなく面白いのだけれど、知りたい人はぜひ本書を読んでみてください。

 

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『わが盲想』ポプラ社
モハメド・オマル・アブディン/著

この記事を書いた人

金杉由美

-kanasugi-yumi-

図書室司書

都内の私立高校図書室で司書として勤務中。 図書室で購入した本のPOPを書いていたら、先生に「売れている本屋さんみたいですね!」と言われたけど、前職は売れない本屋の文芸書担当だったことは秘密。 本屋を辞めたら新刊なんか読まないで持ってる本だけ読み返して老後を過ごそう、と思っていたのに、気がついたらまた新刊を読むのに追われている。

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