クルド、モンゴル、シーク教……あなたの知らない「日本」がここに

金杉由美 図書室司書

『日本の異国』晶文社
室橋裕和/著

 

 

昔々、と言ってもそんなに大昔の話ではないがのう。
コロナがやってくる前のことじゃった。
日本にも世界中からいろんな国の人々が観光や仕事でやってきていた。その中には何年も住むことになる人もいて、そんな異国の人たちが集まってワイワイガヤガヤ楽しく暮らす街が日本のあちこちにあったそうな。
えー!考えられなーい!人間が国と国の間を自由に移動してたのー!危険―!そんなにリアルに集まって喋ったりしながら暮らしてたのー!密―!ありえなーい!

 

…なんて時代が来たらどうしよう。

 

本書の刊行は2019年5月。
東京オリンピックを控えて観光立国化!と勢いづき、中国からの爆買いのお客様もまだまだ来訪、いまだかつてないほど大勢の外国人が街にあふれていた。そんな頃。
それから1年余りであんなことやらこんなことやらがあった。ありましたよ。
観光客は激減し、日本でのビジネスを諦めて故国に戻った人たちがいても、まだまだ在日外国人のコミュニティは各地で存続している。
たぶん。
外出自粛で訪ねる機会がないので指差し確認はしてません。

 

八潮市(パキスタン)高田馬場(ミャンマー)西葛西(インド)川口・新大久保(多国籍)などのコミュニティについては知っていたけれど、蕨市(クルド)練馬(モンゴル)茗荷谷(シーク教徒)はまったく知らなかった。それぞれに歴史があり、地元に根付いてお祭りなんかも行われていると言う。
行ってみたい。ぜひぜひ行ってみたい。
今年はそんなイベントも全滅だろうから、ないものねだりで余計に行きたい。

 

お祭りと言えば屋台、屋台と言えば買い食い。
その国の料理を実際に味わうことが、異文化を知る最も早い方法だと思う。
同じ国から来て日本のどこかの街に自然発生的に集まった人たちが、まず必要とするのは、母国で食べなれた食事を提供してくれる飲食店だ。

 

本書でも食べ物に関して多くのページが割かれている。
練馬のモンゴルの春祭で留学生たちが作る羊料理。
大和市の団地のド真ん中にあるアジア多国籍食材店。
茗荷谷の寺院で振舞われるベジタリアン料理。
蕨市で難民たちの憩いの場になっているケバブ屋。
新大久保の多国籍スーパーマーケットに魔改造されたドンキ。
ああ、どれもこれも美味しそう。
エスニック食レポとしても楽しめる一冊なのだ。

 

それぞれの理由で母国を離れ、遠くからはるばるとやってきた人たちが、自分たちのためにふるさとの料理を作って食べ、そして日本人の我々にも自慢のお国料理を味わわせてくれる。胃袋からの文化交流。日本人は食に関して宗教的禁忌もほとんど持っていないし、よその国の料理をアレンジして自分たちの日常食にしてしまうのがお手の物。食べ物から攻めるのは実に正しいといえよう。だから飲食店ビジネスを始める外国人はとても多い。

 

もちろん彼らが日本で生活し起業するには、困難が山のようにある。
特に難民たちは、厳しい法制度の下、不安定な立場で毎日を過ごさなければいけない。
ただでさえそんな状況なのに、このコロナ禍で更に大変なことになってやしないか。
モスクや教会も一時期は自粛で礼拝が中止されていた。

 

孤立を避けるためコミュニティを作り、寄り添って暮らしていたのに、それさえもままならなくなっているのだ。
自分たちの国のほうが日本より危険で、帰るに帰れず、離れて暮らす友人や家族が心配で仕方ない人たちもたくさんいるだろう。飲食店も軒並み瀬戸際に立たされている。
たった1年前のことなのに本書に描かれているのは「まだのんびりとして豊かで平和だったあの時代」のことに思える。
一日でも早く平穏な日々が戻って、またお祭りでワイワイガヤガヤ出来ますように。

 

こちらもおすすめ。

『ザ・ディスプレイスト 難民作家18人の自分と家族の物語』ポプラ社
ヴィエト・タン・ウェン/編

 

母国を棄てて他国に逃れた難民作家たちのエッセイ集。
夢を追って他国に渡った「移民」ではなく、夢をもつことも許されず他国に追われた「難民」としての視点にこだわって編まれた一冊。

 

『日本の異国』晶文社
室橋裕和/著

この記事を書いた人

金杉由美

-kanasugi-yumi-

図書室司書

都内の私立高校図書室で司書として勤務中。 図書室で購入した本のPOPを書いていたら、先生に「売れている本屋さんみたいですね!」と言われたけど、前職は売れない本屋の文芸書担当だったことは秘密。 本屋を辞めたら新刊なんか読まないで持ってる本だけ読み返して老後を過ごそう、と思っていたのに、気がついたらまた新刊を読むのに追われている。

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