2022/02/18
三砂慶明 「読書室」主宰
『家族』亜紀書房
村井 理子/著
村井理子さんの本が好きで、『ブッシュ妄言録』以降、大体全部、読んでいます。
翻訳書も、エッセイも、出るたびに拝読して、読み終わるのがもったいないなと思いながら、ページを閉じる幸福を味わせていただきました。
だから、はじめて『兄の終い』を拝読したときは、今まで描かれてきたエッセイとの違いに息をのみました。読む準備が整う前に、村井理子さんにとって哀切極まる兄とその息子の人生が怒涛のように押し寄せてきて、人間とは何かという深い問いが、心の底に残りました。
続く、『全員悪人』でも認知症になってしまった村井さんの義母と家族の姿が、当事者の視点で描かれています。まるで小説を読んでいるかのように軽快に描かれながらも、書かれていることは解決不可能で、誰にも訪れる人生の終わりとどう向き合っていくのかという、著者のゆるぎない立場に、一読者として、また一人の当事者としても励まされました。
そして、ついに本書、『家族』がでました。
『兄の終い』、『全員悪人』を補助線に、幸せになれたはずの家族が、どうして壊れていったのかを自身の人生を通して描いています。
「兄はダイナマイトで、父は燃えさかる炎のような人だった。母はその間に挟まれた川のような存在で、私は何者でもなかった。あの子は大丈夫、あの子は大人がいなくても立派に生きていける。誰からもそう思われていた。だから、いつまでもいつまでも放置されていた。私はいつも一人。誰にも心配されない存在。私はそんな役回りだった。だから、本に没頭した。」
著者が誰よりも愛した気難しい父。
何度も何度も、嘘で喜ばせてから手痛く裏切られ続けた母。
人間関係をうまく構築できず、身を持ち崩していってしまった兄。
全員がそれぞれ愛情深く、優しすぎる人たちだったのに、ささいなことで行き違い、やがて回復できないほどに壊れていく家族。
本書を読みながら、ずっと考えていたのは、私たちの人生で、家族ほど大切なものはないはずなのに、どうしてその家族とうまくいかなくなってしまうのか、ということでした。
人間は一人では生きていけません。
でも、ずっと一緒に、同じ場所にいつづけると、どこかですれ違ったり、誤解が生じたりと小さな亀裂が生まれます。その亀裂がどこにあったのか、著者は、自分の人生を綴ることで、一つ一つその亀裂を丁寧に拾い上げていきます。
「時代が良ければ、場所が良ければ、もしかしたら今も三人は生きていて、年に一度ぐらいは四人で集まって、笑い合いながら近況報告ができていたのかもしれない。一度でいいから、そんな時間を過ごしてみたかった。父と兄が怒鳴り合わない時間を、母が心から笑う時間を、兄が他者との心の繋がりを感じられる時間を。」
もっとも身近な存在のはずなのに、ありえないほど遠い家族の物語。
この本を読めてよかった。
著者の本で、一冊だけしか選べないとしたら、この本を推したい。そう思いました。
『家族』
村井 理子/著
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