2021/03/04
白川優子 国境なき医師団看護師
『パチンコ』文藝春秋
ミン・ジン・リー/著 池田真紀子/翻訳
あんなに悩んでいたスマホ中毒など、この本を手にしてからは一瞬にして消え去った。1分でも時間があればスマホ、ではなくこの本を手にとってむさぼるようにページをめくり続けた。ここまで本に夢中になったのはいつぶりだろうか。
「パチンコ」
このタイトルでは私の目を惹くことはないだろう。
自分ではまず選ぶことのない本だ。
「白川さん、まだ読んでいませんでしたか。いま売れ切れが続いているので良かったら貸しますよ」
このように申し出てくれた友人に、社交辞令的に受け取りはしたが、家族の物語だと知って正直読むのは後回しになるなと思った。ここ最近の私は、ハラハラドキドキするサスペンスやミステリーものばかりにハマっていたからだ。
「読み終わったら知らせて下さいね、感想を一緒に語り合いたいです」と、優しい後押しをしてきた友人に申し訳なく、とりあえずページをめくる事にしたのが最後、その瞬間から私は「パチンコ」の壮大な世界に入り込んでしまった。
一言でいうと、「在日」として知られるコリア系日本人のある一家を、1930年代から4世代に渡って描いた物語だ。ルーツが朝鮮というだけで背負うしかない彼らの壮絶な運命が静かに、しかし止まる事なく展開されていく。
底辺の生活や学校でのいじめ、不当な逮捕など、差別であふれる過酷な日常の場面が続く。ただ、差別や不条理を前面に押し出して描いているというよりは、戦中戦後を生き抜いてきた一家と、時代と共に新しく加わっていく家族たち、それぞれの人生をただただ客観的に追っている。
本書が人々をのめりこませるのは、大きな家族愛や人間愛、そして人間の強さと弱さの両方が書かれているからだろう。家族、お金、仕事、愛、幸、故郷、友人、生きること、死ぬことなど、人種を超え誰しもが抱える人生の課題を通じ、登場人物が背負うそれぞれの事象が丁寧に描写され、どこから読みを再開したとしても瞬時にその場面に入り込んでしまう。
そして、今更ながらに胸が痛くなる一冊でもある。人種が違うという理由だけで日本社会の最下層で差別を受け、長きにわたって苦しんでいるという理不尽が、自分の国で起きているという事に今更ながら改めて気づかされた。この理不尽が日本の社会や教育から向き合われずに埋もれ続けている事を恥ずかしくも思う。仕事柄、海外の各地で起きている人種差別や迫害などを目の当たりにし、その度に声をあげてきたが、まずは自分の国にこそ目を向けるべきだと思わされた。海外でベストセラーとなっている本書は2020年に日本語に訳されている。物語の舞台となっている日本で読まれてこそ大きな意味を持つだろう。
『パチンコ』文藝春秋
ミン・ジン・リー/著 池田真紀子/翻訳