円堂都司昭が読む『あなたが私を竹槍で突き殺す前に』“嫌韓政策”の日本に生きる7人の若者

小説宝石 

『あなたが私を竹槍で突き殺す前に』河出書房新社
李 龍徳 / 著

 

李龍徳『あなたが私を竹槍で突き殺す前に』は、書名以上に内容がショッキングである。特別永住者制度は廃止され外国人への生活保護は中止、公文書での通名使用は禁止とされた。在日の人々は生きるため、この国からの脱出、抵抗運動、体制へのおもねりなど、各々の選択をせざるをえない。

 

これが物語の大枠である。しかし、差別主義対リベラルの単純な図式ではない。本作では、制度改正を断行したのは、初の女性総理大臣だとされる。新政権は同時に同性婚を合法化し、「選択的夫婦別氏制度」を実現し、移民受け入れを推進した。リベラルな政策をとりこむことで嫌韓政策をのませるという、政治的取引が行われた設定なのである。

 

また、本作は、立場の異なる若者が章ごとに交代して視点人物となる構成だ。描かれるのは、排外主義に対する在日の抵抗ばかりではない。渡韓の推進は「帰国事業」と呼ばれ、不幸を招いた北朝鮮へのかつての「帰国事業」と重ねあわせる形で書かれている。

 

韓国での帰国者や外国人の扱われかたに批判的な言及があるほか、積極的差別者の割合はどの国も変わらないとするシニカルなセリフも出てくる。家父長制を否定するフェミニストであるのに加え、肉食を不正義として動物虐殺に抗議する在日韓国人の女性も登場するのだ。差別される側の間にも差別に関する意識の差があることが語られる。

 

妹を殺された男の復讐、軍用ドローンが飛ぶ騒乱といった熱い物語展開のなかで、差別の竹槍の標的となる「私」が「あなた」と容易に入れ替わりうることが浮き彫りになる。自分は安全圏にいるつもりだった読者の意識を突き刺す作品だ。

 

『あなたが私を竹槍で突き殺す前に』河出書房新社
李 龍徳 / 著

 

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『ピエタとトランジ〈完全版〉』講談社
藤野可織 / 著 イラスト・松本次郎

 

人類最後で最強の女子バディ

 

謎は解くけれど行く先々で事件が起きるのだから、名探偵こそが死を招いているのではないか。ミステリーを揶揄する際によくいわれるその状況をエスカレートさせたのが、藤野可織『ピエタとトランジ〈完全版〉』だ。ぶっ飛んだ内容である。頭脳明晰ですぐに真相をいい当てるものの、周囲で殺人、自殺、事故と死を誘発しまくるトランジ。自らすすんでその助手となる一方、産婦人科医になるピエタ。死と生、正反対の側にいるような女子二人は、人類滅亡の危機が迫っても強く結びついている。大胆すぎる設定で作者の大嘘が楽しいバディ物語。

 

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-syosetsuhouseki-

伝統のミステリーをはじめ、現代小説、時代小説、さらには官能小説まで、さまざまなジャンルの小説やエッセイをお届けしています。「本がすき。」のコーナーでは光文社の新刊を中心に、インタビュー、エッセイ、書評などを掲載。読書ガイドとしてもぜひお読みください。(※一部書評記事を、当サイトでも特別掲載いたします)

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