「読みやすさ」は正義である

坂爪真吾 NPO法人風テラス理事長

『みんなのユニバーサル文章術』星海社
安田峰俊/著

 

 

オンラインのリモートワークが普及して、はや3年目を迎えようとしている。気がつけば、私たちは毎日パソコンやスマホで膨大な量の文章を読み書きしている。私自身、この一週間を振り返ると、仕事のメール、家族とのLINE、ツイッターでの発信、メッセンジャーやショートメールでの日程調整、パワポの資料作成、ズームチャットでの情報交換、スラックでのプロジェクト管理、ワードでの執筆、Amazonレビューのチェックなど、数え切れないほどの分量・場面で読み書きを繰り返している。令和の時代は、人類史上、個人が最も多くの文章を読み書きしていた時代として、後世の歴史に記録されるのかもしれない。

 

そして、令和の時代がこれまでと大きく異なるのは、ツールや場面に応じて文章の書き方を変えていく力が求められている、ということだ。「仕事相手とのメール」「恋人とのLINE」「ツイッターでの情報発信」では、用いられる表現、許される表現はそれぞれ全く異なる。媒体や場面に応じて文体を使い分ける、というのは、本来はかなり高度なテクニックであるはずだが、今の時代は、すべての人が媒体や場面に応じた使い分けを求められる時代になっている。

 

『みんなのユニバーサル文章術』(安田峰俊・星海社新書)は、そうした難儀な時代の中で、私たちが誰にでも意味が伝わる読みやすい日本語=「ユニバーサル日本語」を書く技術を身につけて、人生をハッピーにすることを目的にした指南書である。著者の安田氏は、「文章それ自体が非常にわかりやすければ、たとえ突飛なテーマの記事や書籍を書いても、ちゃんと商品になって読者に支持される」と述べる。どんなに鋭いテーマであっても、どんなに面白い知識や体験談を持っていたとしても、それを読者に伝えることができなければ、宝の持ち腐れである。

 

私自身、著者とは同世代であり、この10年間、主に新書の世界で、著者と同程度の冊数の単著を出している。物書きとして同じ時代をサバイブしてきた者として、著者の主張には大いに共感しながら読むことができた。私の専門分野は「性」である。障害者の性、高齢者の性、性風俗、JKビジネス、パパ活、売買春などなど、いずれも一般的には語られづらく、理解されづらい領域である。

 

そうした世界であっても、読みやすく、わかりやすい形で伝えることができれば、一般向けの書籍として世に出すことは可能だ。わかりにくいことを、噛み砕いて丁寧に伝える力=学力ならぬ「顎力(がくりょく)」があれば、それぞれの現場で起こっている課題を伝えて、人々の関心を集め、困っている人たちを助けることもできる。「読みやすい」は正義なのだ。

 

一方で、「読みやすさ」に潜む罠についても、本書では言及されている。ウェブメディアの世界では、記事をバズらせるための方法論がある程度確立されているが、その中には、「おっぱい」「美女」などの特定のワードを入れるだけ、という身もフタもないものもある。「読みやすさ」「読まれやすさ」を徹底的に追求した結果、「誰にも読まれない記事」が量産されてしまう、ということも起こりうる。

 

ウェブ記事をバズらせるための方法論を悪用してしまうと、陰謀論やフェイクニュースを流してPVを稼ぐ人と同じ闇に落ちてしまう。「読みやすい文章を書く力」を身につけることは、令和の時代を生き抜いていく上での強力な武器になる一方、他人や社会、そして自分自身を間違った方向に誘導してしまうリスクもある。大いなる力を持つ者には、大いなる責任が伴う。「読みやすい文章を書く力」の素晴らしさと、それに伴う社会的責任の重さをわかりやすく教えてくれる本書は、初心者やライター志望者のみならず、プロの物書きが読んでも参考になる「令和の文章読本」である。

 

『みんなのユニバーサル文章術』星海社
安田峰俊/著

この記事を書いた人

坂爪真吾

-sakatsume-shingo-

NPO法人風テラス理事長

1981年新潟市生まれ。NPO法人風テラス理事長。東京大学文学部卒。 新しい「性の公共」をつくるという理念の下、重度身体障がい者に対する射精介助サービス、風俗店で働く女性のための無料生活・法律相談事業「風テラス」など、社会的な切り口で現代の性問題の解決に取り組んでいる。2014年社会貢献者表彰。 著書に『はじめての不倫学』『誰も教えてくれない 大人の性の作法』(以上、光文社新書)、『セックスと障害者』(イースト新書)、『性風俗のいびつな現場』(ちくま新書)、『孤独とセックス』(扶桑社新書)など多数。

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