2022/05/19
馬場紀衣 文筆家・ライター
『三つ編み』
レティシア・コロンバニ/著 齋藤可津子/翻訳
ヒロインとなるのは3人の女性たち。ひとりはインドに棲むスミタ。不可触民(ダリット)の身分から逃れられない彼女は、一族の女性たちがこれまでそうしてきたように、上位カーストの家々をまわり排泄物を集めるのが仕事だが、一人娘には自分とちがう未来を生きて欲しいと願い、学校で読み書きを習わせるために奮闘する。
シチリアに棲むジュリアは事故に遭った父親に代わって曾祖父の代からつづく毛髪加工の作業場を20歳にして引き継ぐことになった。じつは隠れてシク族の男性と恋をしているが、傾いた作業場の経営のためにべつの男性との結婚をすすめられる。
40歳のサラはモントリオールに棲む敏腕弁護士。勤め先の法律事務所ではトップの座にもっとも近い場所にいる。私生活では3人の子どもを育てるシングルマザーで、二度の離婚を経験済み。弱みを隠して働き、ようやく手にした成功者としての地位はしかし、乳がんの告知によって崩れてしまう。
地理的にも社会的にも離れた彼女たちの共通点といえば、女性であるということくらいで、三人が顔を合わせて話をするなんてことはこの先もないだろう。そんな三人の女性たちの人生が三つ編みのように編みこまれていくさまは読んでいてスリリングだ。「三つ編みのように」というのは比喩ではなくて、物語は「髪」をモチーフに進んでいく。
本書で語られることはないが、そもそも髪は古代から魔力や霊力の宿るものとされてきた。髪には神秘的な力が入りこみやすいと信じられていたからだ。だからこそ、スミタが寺院で剃髪することに大きな意味がある。ここでは、何千人もの人たちが「よりよい人生を祈願し、この世であたえられた唯一のもの」を捧げて、髪を天へと「お返し」する。と同時に、髪は女性性のシンボルでもある。初めてかつらを身につけたモントリオールのサラが鏡に映る自分を見て自信を取りもどす場面は印象的だ。
「サラは鏡にうつる自分を眺める。失っていたものを、髪がいま取りもどしてくれたかのよう。力、尊厳、意欲、サラを本来のつよく誇り高いサラたらしめるものすべて。そして美しさも」
その頃、シチリアでは経営を継いだジュリアがそっと髪の束を手にとり、その髪の過去と未来に想いを馳せる。髪が辿ってきた旅路と、その髪をこれから身につける人のことを想像する。三つの異なる大陸で起こる出来事が、三つの物語として交互に語られ、最後に美しくまとまっていく。
目を覆いたくなるような不条理で不快な場面もあり、とりわけスミタのエピソードはとても痛々しい。それでも、著者の静かに流れるような筆致が読者を最後のページまで気持ちよく導いてくれる。
『三つ編み』
レティシア・コロンバニ/著 齋藤可津子/翻訳