むくべき、むかないべき? 女性医師が「おちんちんの教科書」を出す意義

坂爪真吾 NPO法人風テラス理事長

『泌尿器科医ママが伝えたいおちんちんの教科書』誠文堂新光社
岡田百合香/著

 

 

育児の「正解」や「常識」は、時代によって目まぐるしく変わる。離乳食の内容やトイレトレーニングのタイミングなど、これまでの非常識が新しい常識になることは、決して珍しくない。

 

「おちんちんの皮をむくべきか否か」に関しても、ネット上では様々な情報が飛び交っている。男の子の育児をしている親であれば、誰もが一度は「むくべきか、むかないべきか」という問いにぶつかるのではないだろうか。

 
私も二人の男の子の父親だが、妻から「どうすればいいの?」と尋ねられたとき、自信を持って即答することができなかった。「う~ん、色々な説があるけれど、痛くないようであれば、少しずつ、無理のない範囲で、ゆっくりむいたほうがいいんじゃないのかな…」という曖昧な回答でその場を濁してしまった記憶がある。

 

本書『泌尿器科医ママが伝えたいおちんちんの教科書』を読んで、「無理をしてむかなくてもいい」ということを知り、非常にスッキリした。その一方で、「もっと早く、本書を読みたかった」とも感じた。

 

おちんちんの皮=包茎をめぐる問題は、乳児期だけなく、思春期や青年期になっても、多くの男性を悩ませている。

 

医学的には、「むかなくてもいい」「むけてなくてもいい」というだけの話である。にもかかわらず、多くの人が「むく/むかない」「むけている/むけていない」ということに振り回され、不必要な不安やコンプレックスに囚われている。

 

こうした不毛な状況がいつまでも続いている原因の一つとして考えられるのは、医療の世界におけるジェンダーの非対称性だ。

 

以前、発熱した息子を小児科に連れて行った際に、クリニックの男性医師が「私は小児科医をやっていますが、自分の子どものおむつを替えたことがないんですよね…」とぼやいているのを聞いたことがある。日々の仕事があまりにも忙しすぎて、育児に参加する時間が全くない、という男性医師も多いのだろう。

 

厚労省の発表している「令和2(2020)年医師・歯科医師・薬剤師統計」によると、男性器の診療・研究を行う泌尿器科医の90.8%が男性である。女性の泌尿器科医は、全体の9.2%に過ぎない。

 

この圧倒的なジェンダーの非対称性は、包茎をめぐる問題にも確実に影響しているはずだ。母親にとって切実な「むくべきか、むかないべきか」という問いが放置されてきたことも、女性視点の欠如した「包茎神話」がまかり通ってきたのも、男性器を診る・語る人のほとんどが男性だったから、という理由があるはずだ。

 

そもそも、大多数の女性は男性の包茎について気にしていないし、そもそも関心がない。

 

本書の中で紹介されている1337名の女性に対して行われたインターネットアンケートにおいても、85%の女性が「包茎であることによって、相手への印象・高感度が低下したことはない」と回答している。

 

大多数の女性は全く気にしていないにも関わらず、「包茎は恥ずかしい」「モテない」といった思い込みは、男性の間に未だに根強く残っている。友人同士の会話やメディアでコンプレックスを煽られた人たちが、そもそもやらなくてもいい手術にお金を使ってしまったり、子どもにも無理やりむくことを強制してしまう。

 

こうした不毛な現状に終止符を打つためには、ジェンダーの非対称性を解消すること=「同性だけで語られがちなプライベートなテーマや課題に、異性の視点を導入すること」が必要になる。そう考えると、女性の泌尿器科医による「おちんちんの教科書」=男性器の解説書が刊行されたことは、画期的な出来事だと言える。

 

「むくべきか、むかないべきか」で悩んでいる親御さんはもちろん、今まで自分の身体のことをよく考えたことのなかった成人男性にも、ぜひ読んでほしい一冊だ。

 

『泌尿器科医ママが伝えたいおちんちんの教科書』誠文堂新光社
岡田百合香/著

この記事を書いた人

坂爪真吾

-sakatsume-shingo-

NPO法人風テラス理事長

1981年新潟市生まれ。NPO法人風テラス理事長。東京大学文学部卒。 新しい「性の公共」をつくるという理念の下、重度身体障がい者に対する射精介助サービス、風俗店で働く女性のための無料生活・法律相談事業「風テラス」など、社会的な切り口で現代の性問題の解決に取り組んでいる。2014年社会貢献者表彰。 著書に『はじめての不倫学』『誰も教えてくれない 大人の性の作法』(以上、光文社新書)、『セックスと障害者』(イースト新書)、『性風俗のいびつな現場』(ちくま新書)、『孤独とセックス』(扶桑社新書)など多数。

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