2023/01/31
藤代冥砂 写真家・作家
『SHOE LIFE』光文社
本明秀文/著
サクセスストーリーというものは、その時代を突き抜けぶった切った人の物語という点で、大抵痛快なものであるように、400億円のスニーカーショップを作った男・本明秀文さんの半生もまさにそれそのもので、一気に読まされ、読後感はやはり痛快だった。
レアなスニーカーが高価で取引されているのは今では普通な事象として周知だが、それが普通になるまでのスニーカーを取り巻く業界の内状や進展は、スニーカーという身近なものが対象なだけに、とても読みやすく没入してしまった。
本明さん自身も本著の中で述べているが、本明さんは、商売というものが大好きで、そしてスニーカーが大好きな人だ。つまり、彼にとってのこれまでの仕事は、ひたすら好きなことをし続けることであった。
そして、その成果が、約400億円でアトモスという彼が育てたスニーカーショップを業界最大手のフットロッカーに売却するというということに結びついた。
好きなことをし続けて、成功を納める。これは多くの人が夢描くサクセスストーリーの典型だろう。
もちろん現実は甘くないことも多くの人が知っている。才能だけでなく、運も味方にしなくては突き抜けることは不可能だと、小説や映画の世界、現実の生活を通して私たちは嫌というほど学んでいる。
それでもサクセスを収める一握りの人がいて、スポーツなどの絶対的な身体能力のアドバンテージがものをいう世界と違って、ビジネスは、誰もがもしかしたらという夢を持ちやすい分野である。
本書を読んでいると、本明さんは一般人と大きく違うわけではないように見える。頭が極端に切れるというのでもなく、コミュニケーション能力が桁外れというのでもなく、頑丈な身体を持ち合わせているというのでもない。ただ、なんだか底知れぬ熱量があるのは、本書に記されている彼の半生に鏤められたエピソードの数々が語っている。
私は、何かを成し遂げた人を知ると、その人の成果にも圧倒されるのだが、それよりもその人の日々の過ごし方に興味がわく。一般人には到底難しい成功は、宝くじのように急に降ってくるわけではない。それは、日々の過ごし方の先にあるものだと私は考えている。
本明さん自身が語るところによれば、彼は23時には就寝し、翌朝4時に起床すると、1時間の散歩に出ることをルーティンにしている。その1時間でひたすら商売のことを熟考するのだそうだ。そして高級車どころか車には極力乗らずに、電車やバスを利用して、一般人の感覚からずれないように心がけている。酒も飲まず。ただ商売のこと、スニーカーのことに熱量を注ぎ続ける。
私は、彼のこの日常に少なからず驚いた。記してしまえば成功例としてなんてことないように見えるが、実際この暮らしをするには相当な胆力がいるのではないか。
成功者というのは、言うまでもなく数が少ない。その少数者が他の一般人と何かが違うかといえば、それはいろいろあるだろうが、日常が違うのだと私は確信している。
それは目に見えるかもしれないし、隠されているかもしれない。だが、確実に一般人とは違う日常を過ごし、違う風景を見ていると私には思える。その特異な日常を過ごせる力もまた才能なのだろう。
一般人と感覚を共有することに気をつかっている本明さんは、文化は押し付けるものではなくて、共に作るものだと言っている。私は彼自身にお会いしたことがあるが、長身痩身の坊主頭の姿は、どこか恐山の南住職の風貌とだぶるものがあった。特異な日常を過ごしながら、民衆の中に入っていく僧の姿。私には、本明さんのそういう潔癖さをこの読書を通して、覗き見た気がする。
『SHOE LIFE』光文社
本明秀文/著