「400億円」のスニーカーショップを作った男の“特異な日常”を過ごせる力

藤代冥砂 写真家・作家

『SHOE LIFE』光文社
本明秀文/著

 

サクセスストーリーというものは、その時代を突き抜けぶった切った人の物語という点で、大抵痛快なものであるように、400億円のスニーカーショップを作った男・本明秀文さんの半生もまさにそれそのもので、一気に読まされ、読後感はやはり痛快だった。

 

レアなスニーカーが高価で取引されているのは今では普通な事象として周知だが、それが普通になるまでのスニーカーを取り巻く業界の内状や進展は、スニーカーという身近なものが対象なだけに、とても読みやすく没入してしまった。

本明さん自身も本著の中で述べているが、本明さんは、商売というものが大好きで、そしてスニーカーが大好きな人だ。つまり、彼にとってのこれまでの仕事は、ひたすら好きなことをし続けることであった。

 

そして、その成果が、約400億円でアトモスという彼が育てたスニーカーショップを業界最大手のフットロッカーに売却するというということに結びついた。

 

好きなことをし続けて、成功を納める。これは多くの人が夢描くサクセスストーリーの典型だろう。

 

もちろん現実は甘くないことも多くの人が知っている。才能だけでなく、運も味方にしなくては突き抜けることは不可能だと、小説や映画の世界、現実の生活を通して私たちは嫌というほど学んでいる。

 

それでもサクセスを収める一握りの人がいて、スポーツなどの絶対的な身体能力のアドバンテージがものをいう世界と違って、ビジネスは、誰もがもしかしたらという夢を持ちやすい分野である。

 

本書を読んでいると、本明さんは一般人と大きく違うわけではないように見える。頭が極端に切れるというのでもなく、コミュニケーション能力が桁外れというのでもなく、頑丈な身体を持ち合わせているというのでもない。ただ、なんだか底知れぬ熱量があるのは、本書に記されている彼の半生に鏤められたエピソードの数々が語っている。

 

私は、何かを成し遂げた人を知ると、その人の成果にも圧倒されるのだが、それよりもその人の日々の過ごし方に興味がわく。一般人には到底難しい成功は、宝くじのように急に降ってくるわけではない。それは、日々の過ごし方の先にあるものだと私は考えている。

 

本明さん自身が語るところによれば、彼は23時には就寝し、翌朝4時に起床すると、1時間の散歩に出ることをルーティンにしている。その1時間でひたすら商売のことを熟考するのだそうだ。そして高級車どころか車には極力乗らずに、電車やバスを利用して、一般人の感覚からずれないように心がけている。酒も飲まず。ただ商売のこと、スニーカーのことに熱量を注ぎ続ける。

 

私は、彼のこの日常に少なからず驚いた。記してしまえば成功例としてなんてことないように見えるが、実際この暮らしをするには相当な胆力がいるのではないか。

 

成功者というのは、言うまでもなく数が少ない。その少数者が他の一般人と何かが違うかといえば、それはいろいろあるだろうが、日常が違うのだと私は確信している。

 

それは目に見えるかもしれないし、隠されているかもしれない。だが、確実に一般人とは違う日常を過ごし、違う風景を見ていると私には思える。その特異な日常を過ごせる力もまた才能なのだろう。

 

一般人と感覚を共有することに気をつかっている本明さんは、文化は押し付けるものではなくて、共に作るものだと言っている。私は彼自身にお会いしたことがあるが、長身痩身の坊主頭の姿は、どこか恐山の南住職の風貌とだぶるものがあった。特異な日常を過ごしながら、民衆の中に入っていく僧の姿。私には、本明さんのそういう潔癖さをこの読書を通して、覗き見た気がする。

 

『SHOE LIFE』光文社
本明秀文/著

この記事を書いた人

藤代冥砂

-fujishiro-meisa-

写真家・作家

90年代から写真家としてのキャリアをスタートさせ、以後エディトリアル、コマーシャル、アートの分野を中心として活動。主な写真集として、2年間のバックパッカー時代の世界一周旅行記『ライドライドライド』、家族との日常を綴った愛しさと切なさに満ちた『もう家に帰ろう』、南米女性を現地で30人撮り下ろした太陽の輝きを感じさせる『肉』、沖縄の神々しい光と色をスピリチュアルに切り取った『あおあお』、高層ホテルの一室にヌードで佇む女性52人を撮った都市論的な,試みでもある『sketches of tokyo』、山岳写真とヌードを対比させる構成が新奇な『山と肌』など、一昨ごとに変わる表現法をスタイルとし、それによって写真を超えていこうとする試みは、アンチスタイルな全体写真家としてユニークな位置にいる。また小説家としても知られ著作に『誰も死なない恋愛小説』『ドライブ』がある。第34回講談社出版文化賞写真賞受賞

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