2023/03/14
小説宝石
『貸本屋おせん』文藝春秋
高瀬乃一/著
由原かのんの『首ざむらい』に続き、第百回オール讀物新人賞を受賞した「をりをり よみ耽り」を第一作とした連作集で、二作を比べるとどうやらこちらの方に軍配が上がりそうだ。
受賞作は文化期の浅草周辺を舞台に沢山の本を高荷に背負って江戸市中を飛び回る貸本屋のおせんが主人公。慰みごとにはまっていた父は、金に窮して禁書の摺りに手を出し板木を削られ指を折られた。生きがいを失った父は酒に溺れ、愛想をつかした母は、若い男を作って家を出た。そして父はせんが十二歳の時、川に身を投げ死んでしまう。受賞作はせんの「奥付は、本を作りあげた者たちの誇り。作り物というまやかしを、この現の世に混ぜあわせようとする抵抗の証だ。だから、あたいは奥付の名はぜんぶ覚えている」という小気味良いまでの本を扱う者の覚悟が記されていて深い感動を呼ぶ。
他編では滝沢馬琴の盗まれた板木を巡る犯人探しや幽霊に罪をなすりつける殺しの解明、『源氏物語』のまぼろしの一帖—「幻」と「匂宮」の間に存在すると伝承されてきた「雲隠」にまつわる恋愛奇譚、そして最後は女郎の足抜けと火付け騒ぎを二つながらに解決する。やはりこの一巻には本に対する作者の想いが目一杯詰め込まれており、「善人も悪人も同じ本を見て笑い悲しむ。ときに憤り、あきらめ、それでも次の帖をめくらずにはいられない。そして一度読まれた本は忘れさられて、みな現に戻っていく。本なんて、そんなもんだ。だから、せんは貸本屋として、本を守らなければならない」。この思いに拍手喝采だ。
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『ミン・スーが犯した幾千もの罪』集英社
トム・リン/著 鈴木美朋/訳
■西部を目指す血塗られた旅路
嬉しや、久々のウェスタン小説の紹介である。これまで日本には数多くの西部劇が紹介されてきたが、その原作はというとほとんどが売れることはなく、西部小説を刊行した出版社は必ず潰れるとまで言われ、事実、そうなった版元もある、今回刊行された本書はその題名といい、アンドリュー・カーネギー・メダル受賞というふれこみといい、いわゆるオーソドックスな西部劇小説とは一線を画す出来栄え。何が違うかは読んでもらうしかないが、ともあれ、この一巻が我が国の西部劇小説不振の壁を破ってもらうことを祈っている。
『貸本屋おせん』文藝春秋
高瀬乃一/著