akane
2019/11/01
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2019/11/01
佐藤勝彦『インフレーション宇宙論』(講談社ブルーバックス)2010年
連載第28回で紹介した『不自然な宇宙』に続けて読んでいただきたいのが、『インフレーション宇宙論――ビッグバンの前に何が起こったのか』である。本書をご覧になれば、「インフレーション宇宙論」とは何か、そもそも宇宙の起源で何が生じたのか、なぜ「マルチバース」が予言されるのか、明らかになってくるだろう。
著者の佐藤勝彦氏は、1945年生まれ。京都大学理学部卒業後、同大学大学院理学研究科博士課程修了。東京大学教授、ビッグバン宇宙国際研究センター長などを経て、現在は東京大学名誉教授。専門は宇宙物理学・宇宙論。国際天文学連合宇宙論委員会委員長、日本物理学会会長などを歴任。「インフレーション宇宙論」の提唱者の一人として、国際的に宇宙論研究をリードする科学者として知られる。『宇宙論入門』(岩波新書)や『宇宙は無数にあるのか』(集英社新書)など著書も多い。
ちなみに、佐藤氏の弟子筋に当たるのが前回ご紹介した須藤靖氏である。お二人ともお会いしたことがあるが、宇宙を探究する科学者は、最先端で活躍する世界的研究者でありながら、どこかに「夢見る少年の面影」が残っているようで微笑ましい。佐藤氏とは、天文学者の故寿岳潤氏とともに「人間原理」について鼎談したことも懐かしい思い出である(「宇宙はなぜ宇宙であるか」講談社『月刊現代』1993年12月号)。
さて、佐藤氏とマサチューセッツ工科大学のアラン・グースが1981年に発表したのが、宇宙の起源を最もよく説明するという「インフレーション宇宙論」である。
この理論によると、宇宙は「真空」の相転移によって誕生した。10のマイナス44乗秒後、続く相転移によって「重力」が発生した。10のマイナス36乗秒後、さらに相転移によって「強い力」が発生した。そして、10のマイナス35乗秒からマイナス34乗秒という一瞬に「インフレーション」と呼ばれる膨大な加速膨張が生じ、宇宙は急激に巨大化した。それは、1ナノメートル(1メートルの10憶分の1)が100億光年以上のサイズに膨張するという、いかなる想像も絶する規模である!
「インフレーション」によって、宇宙のエネルギー密度は減少し、温度も急速に低下するが、真空のエネルギーは増加する。そこで再び「再熱化」と呼ばれる相転移が生じて、宇宙全体が「熱い火の玉」になった。いわゆる「ビッグバン理論」では、この状態を宇宙の始まりとみなしたが、実は、その前に誕生があったわけである。
宇宙が誕生以来繰り返してきた「相転移」とは、水が氷になるように、物質の性質そのものが変化する現象を指す。起源の「真空」とは、「空っぽの状態」ではなく、粒子と反粒子が生成・合体・消滅を繰り返す「量子ゆらぎの状態」とみなされる。その対称性が破れた瞬間に相転移が生じて、宇宙が誕生したというわけである。
「熱い火の玉」の中では、素粒子がぶつかり合って、まるで雲の中にいるような状態になる。その内部でガスが固まって、周囲を見渡せる状態になるまでに38万年かかった。これを「宇宙の晴れ上がり」と呼ぶ。この晴れ上がり状態を、超遠方の初期宇宙状態における全方向で観測した人工衛星COBEの「マイクロ波画像」に表れた電波のゆらぎは、「インフレーション宇宙論」の予測と見事に一致していた。
本書は、現在137億年が過ぎた宇宙が、今後どうなるかも予言する。ここで興味深いのは、宇宙が急激に膨張する際、相転移が必ずしも均質に生じるわけではないため、すでにインフレーションの生じた場所と生じていない場所が混在することである。インフレーションの終わった大きな泡から、急膨張する小さな泡が次々と生じるように、「親宇宙」から「子宇宙」や「孫宇宙」つまり無数の「マルチバース」が生まれることが、「インフレーション宇宙論」から予言されているのである!
私やグースらが提唱したインフレーション理論とは、ごく大づかみに言えば、物理学の言葉で宇宙創成を記述しようという理論です。最初は突拍子もない説という見方もありましたが、いまではインフレーション理論は宇宙創成の標準理論として認知されるまでになりました。さらにインフレーション理論によって、宇宙創成のみならず、宇宙はこれからどうなるのか、そして宇宙とはどのような姿をしているのかについても予言できるようになりました。(P.5)
「インフレーション宇宙論」が導く宇宙の姿とは何か、そこから生じる新たな謎を理解するためにも、『インフレーション宇宙論』は必読である!
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