akane
2019/10/15
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2019/10/15
須藤靖『不自然な宇宙』(講談社ブルーバックス)2019年
連載第27回で紹介した『なんでもホルモン』に続けて読んでいただきたいのが、『不自然な宇宙――宇宙はひとつだけなのか?』である。本書をご覧になれば、なぜ宇宙が「不自然」なほど「よくできている」のか、「人間原理」とは何か、どうして「マルチバース」を考える必要があるのか、明らかになってくるだろう。
著者の須藤靖氏は、1958年生まれ。東京大学理学部卒業後、同大学大学院理学系研究科博士課程修了。京都大学基礎物理学研究所助教授、東京大学教授を経て、現在は東京大学大学院教授。専門は宇宙物理学・宇宙論。「暗黒エネルギー研究国際ネットワーク」のコーディネーターを務めるなど国際的に活躍している。『ダークマターと銀河宇宙』(丸善)や『宇宙人の見る地球』(毎日新聞社)など著書も多い。
さて、もし宇宙の「重力」が今の2倍の強さだったら、どうなるだろうか? 太陽は現在の100倍以上の速度で燃焼し尽くし、恒星としての寿命も現在の100億年から1億年以下と短くなる。とても地球上に生命が誕生して進化するだけの時間的余裕はない。また、もし「電磁気力」が今の2倍の強さだったら、陽子間の斥力が強すぎて安定した原子は存在できなくなり、すべては崩壊してしまうに違いない。
しかも、「重力」と「電磁気力」の強さは桁違いに異なっている。原子を結合する「電磁気力」を原子間に働く「重力」で割った数Nは、10の36乗という巨大な数値になる。逆に言えば、「重力」は「電磁気力」に比べて驚異的に弱い。この「絶妙のバランス」がなければ、原子は重力の影響を受けて、安定して存在できない。
原子核のエネルギー準位を定めるのは「強い力」と呼ばれる物理定数で、陽子と中性子をまとめて原子核を作り上げる「核力ε」で表される。そしてε=0.007であることがわかっており、この数値が少しずれてε=0.006でもε=0.008でも、炭素は存在できない。そうなれば、生命を構成する炭素系化合物も存在できなくなる。
もうお気付きだろうが、これらの宇宙を支配する「物理定数」の数々は、信じられないほど「不自然」に、物質と生命、そして人間が宇宙に発生できるように「微調整」されているように見える。このような見解を「人間原理」と呼ぶ(この原理の詳細については、拙著『知性の限界』(講談社現代新書)をご参照いただきたい)。
ここに「宇宙製造マシン」があるとしよう。このマシンには20の「調整つまみ」があり、それぞれ10の40乗分の1から10の40乗まで好きな数値に調整できる。そこで「重力」や「電磁気力」や「強い力」のような20の物理定数を選ぶと、宇宙製造マシンが、それらの物理定数に応じた「宇宙」を製造する仕組みだとする。
この「宇宙製造マシン」から我々の宇宙が誕生する確率が、限りなく低いことは明らかだろう。それにもかかわらず、この宇宙が存在するのは「不自然」である。そこで「神が微調整という奇跡を起こした」と短絡的に結論付ける方もいるかもしれないが、そうなれば「その神はどこから出てきたのか」という神学論争になる。
現在の最先端の宇宙論においては、この「宇宙製造マシン」の20の「調整つまみ」に可能な数値すべてを入力した組み合わせで生じた無数の「ユニバース」が実際に存在し、その一つが我々の宇宙だと考える。ありえないほど低い確率の「宝くじ」でも当たる人がいるように、我々の宇宙もありえないほど低い確率で当たった一つだと考えれば、「微調整」のような「不自然」な概念を用いる必要はなくなるわけである。
この「ユニバース」の集合を「マルチバース」と呼ぶ。本書では、さらに続く「階層的宇宙」の興味深い話が議論されている。重要なのは、これらが宇宙発生の「インフレーション宇宙論」から予言される「科学的理論」だという点なのである!
幸いなことに私はすでに30年以上にわたって、物理学を「学問」することで生活の糧を得てこられました。その経験から、「この世界に存在する森羅万象、さらには宇宙・世界そのものまでもが、例外なく物理法則にしたがっている」、「物理法則に矛盾しない限り、いくら可能性が低いと思われる現象であろうと、この広い宇宙のどこかで必ず実現している」という2つの信念を持つに至りました。(P.213)
なぜ我々の宇宙は「唯一」ではなさそうなのか、「マルチバース」を考える意味とは何かを理解するためにも、『不自然な宇宙』は必読である!
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