akane
2019/10/01
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2019/10/01
伊藤裕『なんでもホルモン』(朝日新書)2015年
連載第26回で紹介した『協力と裏切りの生命進化史』に続けて読んでいただきたいのが、『なんでもホルモン――最強の体内物質が人生を変える』である。本書をご覧になれば、「ホルモン」とはどのような体内物質か、なぜ人の精神状態がホルモンの分泌によって変化するのか、ホルモンをコントロールすることが人の「人生」とどのように関連しているのか、明らかになってくるだろう。
著者の伊藤裕氏は、1957年生まれ。京都大学医学部卒業後、同大学大学院医学研究科博士課程修了。京都大学助教授を経て、現在は慶應義塾大学医学部教授。専門は内分泌学・抗加齢医学。「内臓のプロフェッショナル」と呼ばれ、とくに高血圧や糖尿病、生活習慣病に対する解説で知られる。『腸!いい話』(朝日新書)や『臓器の時間』(祥伝社新書)など著書も多い。
さて、「人はなぜ生きるのか」という問いに対して、宗教、哲学、文学などに幅を広げて考えてみると、いくらでも複雑で難解な解答を思い浮かべることができる。しかし、伊藤氏は、実にシンプルに「人は興奮するために生きている」と答える。
「万学の祖」と呼ばれる古代ギリシャ時代の哲学者アリストテレスは、すべての学問は「驚き」から始まると述べている。自然界に好奇心を抱き、新しい事実を発見して、心の底から感動する。この一連の流れを「興奮」と呼ぶこともできるだろう。
学問に限らず、何か新しいことに挑戦したり、初対面の人と話したりするとき、あるいはデートの前にも、人は「興奮」する。映画を見たり、美味しいものを食べたり、新銘柄のワインを飲むような日常的で些細なことでも、たしかに人は「興奮」する。
そもそも「興奮」とは何か。それは生活の「場面転換」であり、状況に応じて「場面転換」を引き起こさせる物質が、人の体内の「ホルモン」である。したがって、人の生活は「なんでもホルモンが決めている」というのが、伊藤氏の立場である。
哺乳類が共有する最も原始的なホルモンの「アドレナリン」を考えてみよう。ウサギがヘビに睨まれた瞬間、ウサギの体内には急激にアドレナリンが分泌されて、一瞬の緊張状態を経て、即座に逃げ出す。
人も外界から「緊張」させられる刺激を受けると、副腎から血液中に「アドレナリン」が分泌されて身体中を循環する。心臓の鼓動は速くなって身体中の筋肉が硬直し、手のひらが汗ばむ一方で口の中は乾き、脈拍が急激に上昇して呼吸が荒くなる。そして脳は、逃げ出せるものなら、その場から逃げ出すように身体に命令する。
ちなみに、1901年、世界で最初にホルモン物質としての「アドレナリン」を発見したのは、高峰譲吉である。その後、100種類以上のホルモンが解明され、さらに発見され続けている。ホルモンは少量でも身体に大きな影響をもたらすため、分泌が過剰でも不足でも、人を病気にさせる。「ホルモン・バランス」が重要なのである。
本書では、受精・妊娠・出産・育児をスムーズに行えるようにする「生殖」、食物を確保して健常な体を作る「成長」、食物を消化吸収して生存の燃料を作る「エネルギー代謝」、常に体の調子を一定の幅に整える「恒常性維持」の四つの観点から、ホルモンの働きを分析している。多彩なホルモンの役割がわかって興味深い。
実際に、体内のホルモンをコントロールするために伊藤氏が勧めているのは、「楽食・楽動・楽眠・楽話」の四点である。すなわち、日常的に「食事・運動・睡眠・会話」を適度に楽しむことが、ホルモンのバランス維持に繋がるというわけである。
生活のすべて――性格、友達の数、恋愛経験、食欲、睡眠の深さ、老化のスピード、がんになりやすいかどうか、寿命など――は、実は全部、私たちの体自らが作り出す「ホルモン」と呼ばれる物質が決めています。「ホルモン力」を強くすることができれば、私たちは、いつもご機嫌でいられて、気の合う友達に囲まれ、食べるものも美味しく感じ、恋にときめき、いっぱい感動して、イキイキ健康的に長生きできます。(P.14)
人生に大きな影響を与える体内物質「ホルモン」とは何か、どうすれば「ホルモン」をコントロールできるかを理解するためにも、『なんでもホルモン』は必読である!
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