ryomiyagi
2020/06/01
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2020/06/01
横田友宏『国際線機長の危機対応力』(PHP新書)2019年
連載第42回で紹介した『ライシテから読む現代フランス』に続けて読んでいただきたいのが、『国際線機長の危機対応力――何が起きても動じない人材の育て方』である。本書をご覧になれば、一流のパイロットは何が違うのか、どんな危機管理の原理原則にしたがっているのか、なぜ動じないのか、明らかになってくるだろう。
著者の横田友宏氏は、1953年生まれ。航空大学校操縦学部卒業後、日本航空(JAL)に入社し、国際線機長、訓練部調査役機長、安全推進担当部長を歴任した。その後、スカイマーク乗員課機長を務め、現在は桜美林大学教授。専門は、航空・マネジメント学。著書に『エアラインパイロットのための航空気象』(鳳文書林)などがある。
さて、2001年1月31日15時55分、羽田発那覇行のJAL907便(乗員乗客427人)と釜山発成田行のJAL958便(乗員乗客250人)が、焼津市上空で異常接近した。正常飛行中だったJAL907便では、シートベルト着用サインが消え、客室乗務員が飲物をサービス中だった。その瞬間、907便は急旋回と急降下を繰り返し、乗員乗客41人が天井まで浮き上がり、その直後に床に叩きつけられて、重軽傷を負った。
15時54分00秒、管制レーダーの画面上に「異常接近」を予告する「コンフリクト・アラーム」が点灯した。管制官は、958便に907便の下方を通過させようと判断した。この判断そのものには何のミスもなかったが、彼は、肝心の「便名」を言い間違えてしまったのである。15時54分25秒、彼は「958便」に呼びかけているつもりで「JAL907便……関連航空機があります。いますぐ降下を開始してください」と指示した。これを聞いた907便の機長は、「上昇中なのに変だ」とは思ったが、管制官の指示にしたがって「JAL907便……降下します。関連航空機はすでに視認しています」と復唱して降下を始めた。ところが「958便」と話していると思い込んでいた管制官は、この復唱も「958便」からの返答だと誤認してしまったのである。
907便が降下を始めた直後、航空機に備え付けられている「空中衝突防止警報装置」(TCAS)が作動した。TCASは、自機と相手機の高度や針路や速度などを相対的に計算して、自動的に回避指示を出す仕組みになっている。両機のTCASは、958便には降下、907便には上昇の指示を表示した。そこで、958便の機長は、降下を始めた。
ところが、上昇中だったにもかかわらず、管制官の指示で降下していた907便の機長は、すでにエンジン推力を絞っていたことから、再度上昇するよりも降下を続けるべきだと判断した。その結果、両機とも同じような高度を目指して、まさに交差するように降下することになったのである!
その数秒後、両機は最接近して、衝突寸前になった。結果的に、両機の機長は、管制官の指示でもTCASの指示でもなく、迫ってくる相手機を目で確認しながら回避操作を行った。その結果、907便が急旋回や急降下を繰り返すことにはなったが、衝突を回避することができたのである(高橋昌一郎『科学哲学のすすめ』丸善参照)。
このエピソードは、いかに「コミュニケーション」で誤解が生じ易いかを説明するために20年前に上梓した拙著で紹介したものだが、どうすればよかったのか、その正解が本書の「原理原則1」にある。それは「もう一度言ってください」である。907便の機長は、管制官の降下指示に対して「上昇中なのに変だ」と思いながら「セイ・アゲイン」と聞き返さなかった。その怠慢が、大きな危機を招いたのである。
横田氏は、機長には「自我の抹消」が不可欠だと述べている。「自分をよく見せたい。自分の失敗を見せたくない」といった「雑念」があってはならない。多くの人命を預かるパイロットの世界は、「資質のない者がいてはいけない世界」なのである。
パイロットの世界では、考え方や技術、暗黙知の伝承が非常に重要である。飛行機には膨大な量のマニュアルがあり、様々な規則がある。しかしながら、マニュアルにはパイロットに必要な知識のごく一部分しか書かれていない。「パイロットの考え方」「パイロットの哲学」にはマニュアルはない。自分が育てたパイロットが多くの人の命を預かる。そのため、いかに優秀なパイロットを育てるかが重要になる。(PP.219-220)
どうすれば「暗黙知」を伝承できるか、優秀な人材を育成するためには何が必要かを知るためにも、『国際線機長の危機対応力』は必読である!
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