Canon’s note 10. 『おばあちゃんの家』
映画がすき。〜My films, my blood 〜

BW_machida

2022/09/09

「ごめんねと」

 

中学一年。みんなよりも二か月遅れて入った剣道部、初の夏休み。夏の猛稽古。クーラーのない体育館で年上の男子部員たちとの合同稽古。暑さと苦しさで苛立った先輩たちの激が次々と飛んでくる。喉はカラカラになり、稽古後には2リットルの水筒が空っぽになる。次第にごはんが喉を通らなくなり、私は人生初の夏バテを経験した。しかし稽古を休むわけにはいかない。ふらふらの中、竹刀を持つ手が震える。今日も先輩たちのしごきに耐えられるだろうか。…うっ。とうとう竹刀を構えただけで吐き気を催すようになってしまった。稽古に行きたくない。しかし、行かずに脱落者の烙印を押されるのも忍びない。なんとか稽古に通い続け、剣道部もお盆休みに入った。明日から稽古に行かなくていいんだという喜びと共に、お盆休み終了の恐怖のカウントダウンが始まる。せっかくのお盆休みも、憂鬱でしょうがなかった。

 

「あんたちょっと山口帰らん?」

 

塞ぎこんでいた私に母が提案した。ちょっと田舎でのんびりしてきなさい。大阪にいても気が滅入るばかりだし、遠くへ行ってみるのもいいかもしれない…。
翌日、私は大きなリュックを背負って山口へと向かった。

 

「おばあちゃんの家」を観た時、山口県に住むおばあちゃんのことを強く想った。おばあちゃんはいつだって無条件に優しく、私の絶対的な味方でいてくれた。

 

「おばあちゃんの家」(監督:イ・ジョンヒャン、主演:キム・ウルブン、ユ・スンホ、日本公開2003年)

 

「おばあちゃんの家」はソウルに住む7歳の少年サンウが、失業中の母の職探しの間、山奥のど田舎に住む祖母の家に預けられ、そこで祖母と共に二か月間暮らす物語。都会暮らしが染みついているサンウにとって、水道すらない田舎の生活は想像を絶する退屈さで、彼はおばあちゃんを無視して持ってきたゲームに明け暮れている。サンウのおばあちゃんは病気のせいか、生まれつきか、言葉を話せず、字も読めないため、かわいい孫を気にかけるも、彼に馬鹿にされたり、不満をぶちまけられたりと、ひどい扱いを受け続ける。しかし、そんな孫を叱ることなく、彼の願いを叶えようと必死のおばあちゃん。ケンタッキーを食べたいという孫のために、手塩にかけて育てた自慢のかぼちゃを売って、にわとりを手に入れるも、調理法がわからず鶏鍋になったチキン。「こんなのケンタッキーじゃない」と孫に激怒され、白米を投げつけられる始末。おばあちゃんの気持ちを悉く踏みにじるサンウに、なんてクソガキなんだ…とイライラしてくるけれども、いや待てよ、子供ってこういう面があるよな、と、過去の自分を想い、胸がチクっとなる。しかし段々と、意地っ張りのサンウにもおばあちゃんを気にかける様子が見え始める。初めての田舎暮らし、おばあちゃんの無償の愛、初めての恋心に友情、あらゆる感情と出会う、サンウのひと夏の成長の物語。

 

幼い頃は夏休みに入るとすぐに姉妹そろって山口の祖父母の家に預けられ、新学期が始まるぎりぎりまでそこで過ごしていた。おばあちゃんが畑仕事をしている横で蛇をつついたり、伯父ちゃんに市民プールに連れて行ってもらったり、庭にブルーシートを張ってみんなでスイカ割りをしたり、花火をしたり、お祭りに行って金魚をすくって来たり…。夏らしいことはすべておばあちゃんの家で経験していた。小学四年までは夏休みと年末年始は必ず山口で過ごしていたけれど、家で一人で留守番ができる歳になり、いつのまにか夏休みに山口に帰ることがなくなっていた。久しぶりの夏帰りだった。

 

「ともちゃん、こっち!」

 

徳山駅まで車で迎えに来てくれた伯母ちゃんが手を振る。急いで車に駆け寄り、助手席に乗り込む。すると後部座席に座っていたおばあちゃんが、よう来たねぇと、畑仕事で硬くなったしわくちゃの手で、私の手を優しく包んでくれる。

 

「ほんまによう一人で山口まで来た。ともちゃんはやっぱりすでぇわ」

 

すでぇ=「すどい」とは山口弁で、賢いという意味である。おばあちゃんはよく私のことをすでぇ、すでぇと褒めた。私が五、六歳の頃、おばあちゃんの作ったお餅を車でご近所に配りに行くのについて行った。おばあちゃんと伯母ちゃんがせっせとお餅を配る間、私は車の中で待機。こういう時、近所のおばさま達が集まれば大抵、長話になる。エンジンを止めた車の中は静かすぎて落ち着かない。じっとすることができない子供だった私には、狭く、静かな空間に閉じ込められるのは地獄だった。動きまわりたい。しかし、待てど暮らせどおばあちゃん達は帰ってこない。ぐぅぅぅぅぅ。夕飯まえでお腹を空かせていた私は、ごそごそと助手席から後部座席、荷物置きへと這っていき、おばあちゃん達がスーパーで購入していた巻き寿司を探し出し、その三本のうちの一本にかじりついた。甘辛く煮たかんぴょうと、牛蒡、きゅうり、たまごに桜でんぶ。車の中で一人シャクシャクと音を立てて味わう。その巻き寿司は夕飯の一品として買ったものだった。子供ながらにイケナイと思ったのか、私は巻きずしをかじったのを気付かれないように、残りの二本も一口ずつかじり、最初にかじった一本と同じ長さに揃えたらしい。まるで初めから全てその長さであったかのように。三本の長さは揃えたものの、三本全てに歯型を刻んでいるのである。ずる賢いのかアホなのか、分からない。案の定、短くなった巻き寿司の存在はすぐにバレたが、おばあちゃんは私を怒るどころか、この子はすでぇ!と喜んだ。おばあちゃんは今でもよくこの思い出話をする。

 

伯母ちゃんがトラクターの横に車を停めている間に、先に降ろしてもらった私とおばあちゃんが家へと向かう。六匹の亀がいる池と、大、中、小の盆栽が置いてある庭を抜け、重い玄関の引き戸を開けると、米糠の香り漂う細長い土間が現れる。昔はここに水槽や飼育ケースを置いて、お祭りですくった金魚や、ご近所でもらってきたコオロギ、田んぼで捕まえてきた蛇を飼っていた。私はこの蛇にスザンヌと名付けてかわいがった。スザンヌが脱皮すると、縁起がいいからと、おばあちゃんがその皮を大阪まで送ってくれた。

 

靴を脱ぎ、上がり框を上がり、奥にある重いガラス戸を開けると、食卓の間に辿り着く。

 

「おぉ、ともちゃんよう来たね」

 

伯父ちゃんが、待ってましたと声をかける。

 

「下の間のところにおじいちゃんおるけぇ、挨拶してきぃさん」

 

おじいちゃんは脳梗塞の後遺症で足が不自由だった。いつも下の間と上の間をつなぐ縁側に椅子を置いて、ひなたぼっこをしながら新聞や町内会報を読んでいた。

 

「おじいちゃん、帰ってきたよ」

「おぉ、ゆうちゃんとそっくりでどっちが帰ってきたか分からんかったぁ。よう来たねぇ」

「おじいちゃん元気そうやねぇ」

「近頃は足がよう動かんわ」

 

おじいちゃんに挨拶を済ませると、おばあちゃんが用意してくれた年代物のラコステのTシャツとズボンに着替える。着替えて食卓の間に戻る頃には夕飯がずらりとテーブルに並んでいる。山口近郊の海で獲れた新鮮な魚の刺身に、伯母ちゃん特製のリンゴの入ったポテトサラダ、から揚げ、甘めの卵焼き、ばら寿司、麦味噌の味噌汁…。夏バテであまり食欲がわかないものの、「もっと食べぇさん」と次々に出てくる、おばあちゃん家総出のもてなしに応える。デザートは畑で採れたスイカとファミリーパックのアイスクリーム。私は昔から、スイカの種をよけずにそのまま一緒に食べる。よく盲腸になるよと注意されてきたけれど、今のところ盲腸になったことはない。

 

おばあちゃんは昔話をよくする。食後、もう何度聞いたかわからない、お馴染みのおばあちゃんの昔話に耳を傾ける。若くして農家に嫁いだおばあちゃんは、毎日汗水たらして畑仕事に励んでいた。おばあちゃんは姑のちぃばあちゃん(私の曾祖母)とあまり仲が良くなかったらしい。炎天下の畑仕事の中、水もほとんど飲ませてもらえず、働け、働けと酷使されていたおばあちゃんは「ちぃばぁにはよぅいじめられた」とその時の思い出を顔をしかめながら語った。そのせいか、ちぃばあちゃんが老人ホームから帰っている間、おばあちゃんは何だか少しピリピリしているように見えた。

 

他にも色んな話を聞かせてくれた。モダンなおばあちゃんが若かりし頃、よく裁縫のお習い事を抜け出してダンスホールに踊りに出かけていたこと、おばあちゃんが幼い頃に、おばあちゃんのお母さんが子宮がんで亡くなった日のこと、広島に原爆が落ちた日のこと…。私の母が、大学進学のために山口を出て大阪に向かった日の話をした後、おばあちゃんはすっと立ち上がって奥の部屋へと向かい、何かを手にして戻ってきた。金魚の絵が描かれた貯金通帳だった。「これ、ともちゃんとゆうちゃんの貯金じゃあね」と、おばあちゃんがその通帳を手渡してくれた。私は中の金額を見てはいけない気がして、表紙の大きな金魚の目をしばらくじっとながめて、「ありがとう」と中身を見ずにそれをおばあちゃんの手元に返した。

 

その通帳のお金は、大学卒業後、母がおばあちゃんに仕送りをしていたお金だという。おばあちゃんはそのお金に手をつけることなく、孫たちのためにこつこつ貯金してくれていたのだ。

 

「いつもばあちゃんが送る荷物があろうね」

「うん。いつも野菜たくさんありがとう。あと、おこづかいも」

「そのお金もフミちゃんのお金じゃけぇ」

「そうなんや。おばあちゃんもらっとけばいいのに…」

 

大学を卒業したのに仕事もせずにふらふらしていた時、私はその月分の仕送りのお金を早々に使いきっては、翌月分の仕送りを早めに振り込んでもらえないかと毎月のように母に催促していた。その都度、母はすぐに「大事に使いや」と前倒しでお金を振り込んでくれた。ちゃんと働いていないのだから、もらった金額内で切り詰めればいいものを、何か欲しいものができてしまうと、こらえきれず、ついつい買ってしまう。こらえ性のない自分に、呆れた。毎月、毎月、母に催促の電話をするのは心苦しかった。

 

さすがに催促するには早すぎる、けれどあと半月、どう過ごしていこうかと、明らかに手遅れの切り詰め作戦をとるも、お金が尽き、恐る恐る母に電話をした時。母に叱られるだろうと、私があまりに怯えた声をしていたのか、電話の奥に聞こえる母の声は想像よりもはるかに優しかった。その優しさにまた心苦しくなる。「お金ばっかりもらって、何も親孝行できんでごめん」と言うと、「親孝行なんてオカンもおばあちゃんにできてへんわ」と母に笑い飛ばされた。私はその時母に、例の、おばあちゃんの仕送り貯金の話をした。すると母は「昔おばあちゃんにな、親孝行なんて考えんと、その分、自分の子供に還元しちゃりぃって言われたんよ。だからあんたも自分の子供にその分、還元したげ。オカンはあんたが頑張る姿見て活力もらってるんやから」と言った。

 

いつか子供ができることがあったら、母が私にしてくれたことを私は自分の子供にしてあげられるのだろうか?…中々難しい。そう思えるほど、母は私、家族のために自分の人生のすべてを注いでくれている。おばあちゃんもそうだけれど、つくづく思う、母は偉大なり。でもさ、もちろん自分の子供は大切にするけどさ、いつか、ちょっとは親孝行もさせてね。

 

家から持ってきたゲームの電池が切れてしまったサンウは、新しい電池を買うお金をちょうだいとおばあちゃんにせがむ。しかし、物々交換で日常に必要なものを揃えているおばあちゃんにはお金がない。お金をくれないおばあちゃんに散々の悪態をつき、嫌がらせをするサンウ。しかし、おばあちゃんや近所の子供たちと過ごす中で、徐々にサンウの心に何かが芽生え始める。物語終盤、あることがきっかけで一人傷ついて帰るサンウは、おばあちゃんが手渡してくれた包み紙の中にボロボロの紙幣を発見し、涙する。

 

大阪から遠く離れた山口にいると、少しは心穏やかになったけれど、私の頭の中の雲は、相変わらずどんよりとそこに居座っていた。田舎のゆったりとした空気、時間。本当は大阪で、毎日素振りをしなければいけないのに。走り込みもサボっているな。休みが明けたら、絶対筋肉痛になるだろうな…。農作業トラックの荷台に座って、揺れる稲穂の中にポツンとたたずむ案山子を眺めながら、帰りたくない、と思った。

 

大阪へ帰る日。山口に遊びに来れば、三日ほどでその新鮮さは薄れ、じわじわと帰りたいという思いが芽生えてくるものだけれど、今回の山口はそうじゃない。

 

「昨日来たかと思ったら、もう帰るんかのぅ。気をつけさんよ。がんばりさんよ。しっかりお父さん、お母さんの言うことききぃさんよ」

 

「うん、伯父ちゃんありがとう。がんばるね。おじいちゃんもしっかり歩いてな。また電話するね」

 

なんとか笑顔で伯父ちゃん、おじいちゃんに別れを告げて、車に乗り込む。後ろで手を振る伯父ちゃんを背に車は進んでいく。隣に座っているおばあちゃんが私の手を握って「気をつけさんよ、気をつけさんよ」と別れを惜しんでくれる。運転席の伯母ちゃんが「おばあちゃん、ともちゃんまたすぐ来るけぇ」とそれをなだめる。おばあちゃん達との別れは毎回悲しいけれど、これまではいつもどこかで、大阪の日常に帰れることにほっとしていた。父と母が待つ、慌ただしい大阪のマイホームへ。けれども今回は違う。帰りたくない。帰りたくない、帰りたくない。私の手を握るおばあちゃんの手の優しさに涙が溢れだす。帰りたくない。

 

おばあちゃん達の前では泣きたくなかったけれど、ぽろぽろぽろぽろ、涙が止まらない。

 

「あら、ともちゃん、泣いとるんかいね」

 

バックミラーを覗いた伯母ちゃんが私を気遣って、わざとおどけたように優しく言う。

 

「ばあちゃんたちと離れるんが悲しいんじゃろ。またすぐ来たらええ。ばあちゃんもまた大阪行くけぇね」

 

私が別れを惜しんで泣いていると思い、必死に慰めてくれるおばあちゃん。その優しさにまた涙がこぼれ落ちる。ちゃうんよ、おばあちゃん。ごめんな。本当は剣道が嫌で、帰りたくなくて泣いてんねん。ごめん。ごめんな、おばあちゃん。

 

泣きじゃくった顔で、ホームまで見送りに出てくれたおばあちゃんにお別れをする。新幹線の座席に着くと、おばあちゃんが窓の外から「着いたら電話」とジェスチャーを送っているのが見える。おばあちゃん、ありがとう。負けずにがんばるよ。頭の片隅に追いやっていた雲がじわじわと大きくなり始める。その雲に覆い尽くされないよう、必死に笑顔で手を振った。

 

どんなに悪いことをしても、優しく受け止めてくれるおばあちゃんに、サンウがようやく心を開き始めた頃に、母親からの迎えの報せが届く。あんなに早く帰りたいと駄々をこねていたサンウは、最後の夜に泣きながらおばあちゃんに字の書き方を教える。会えない、電話でも話せないのなら、せめて手紙を書いてと、「身体が痛い」「会いたい」の書き方をおばあちゃんに必死に教えるサンウがとても愛おしい。これまでおばあちゃんに頼まれて嫌々していた針穴の糸通し。自分がいなくなっても大丈夫なようにと、おばあちゃんが寝た後に、サンウはありったけの針に糸を通す。

 

そして別れの時。素直になれず俯くサンウ。おばあちゃんがコツコツとバスの窓を叩いても、知らんぷり。しかしバスが発車した途端、サンウは立ち上がり、後部座席に駆け寄り、おばあちゃんがよくサンウにしていたジェスチャーをおばあちゃんに送る。このジェスチャーは「ごめんね」という意味合いで劇中によく使われていたものだけれど、そこにはいつも、ごめんねに加え、あなたのことを想っているよ、あなたが大切だよ、という気持ちが込められていたと思う。私のおばあちゃんの、「着いたら電話」のジェスチャーにもこれと似た、あったかいものが詰まっていたと思う。

 

私もサンウのように、おばあちゃんの気持ちなどつゆ知らず、よく駄々をこねていたと思う。どんなに別れを惜しんでも、大阪に帰ればすぐに、日常に戻り、残酷かな、おばあちゃんのことも忘れてしまう。忘れたころに、山口から宅急便が届く。ダンボールを開くと、おばちゃんの育てた野菜、お米、スーパーで買ってきたお菓子がびっしりと詰められていて、その中にはいつも、「ともちゃんへ ばあちゃんより」と鉛筆で書かれた茶封筒がはさまれている。そこではっと思い出したかのように、おばあちゃんにお礼の電話をする。

 

「ちょっとしかおこづかい入れちょらんけども、それでおいしいもん食べぇさんね。気を付けさんよ。いつも仏さまに祈っちょるけぇね」

 

サンウも都会の生活に戻り、おばあちゃんのことを忘れていただろう。ここからは私の想像だけれども、そこでおばあちゃんから届いたあるものを見て、サンウもはっとおばあちゃんのことを思い出していたんじゃないか。こちらがどんなに我がままを言って、酷いことをしても、おばあちゃんはいつもわたしたち家族のことを遠くから想ってくれている。映画の最後に出てくる「すべてのおばあちゃんに捧ぐ」というテロップに、おばあちゃん、ごめんねと、そこに込められたたくさんのあったかいものを感じ取る。

 

畑仕事でシミだらけになった、しわくちゃの、おばあちゃんの手。サンウの頭をなでるその手は、優しく、とても美しい。

 

大人になってからも、年末年始は毎年必ず山口に帰っていたけれども、コロナ禍以降、もう三年の間、おばあちゃんに会えていない。今年はおばあちゃんに会いに帰れるだろうか。あのしわくちゃの、温かいおばあちゃんの手にまた包まれたい。そっと、撫でられたい。

 

トラクターの荷台から眺めた、おばあちゃん家の田んぼ、思い出の場所。
縄田カノン『映画がすき。』

縄田カノン

Canon Nawata

1988年大阪府枚方市生まれ。17歳の頃にモデルを始め、立教大学経営学部国際経営学科卒業後、役者へと転身。2012年に初舞台『銀河鉄道の夜』にてカムパネルラを演じる。その後、映画監督、プロデューサーである荒戸源次郎と出会い、2014年、新国立劇場にて荒戸源次郎演出『安部公房の冒険』でヒロインを務める。2017年、荒井晴彦の目に留まり、荒井晴彦原案、荒井美早脚本、斎藤久志監督『空の瞳とカタツムリ』の主演に抜擢される。2019年、『プリズナーズ・オブ・ゴーストランド』にてニコラス・ケイジと共演、ハリウッドデビューを果たす。2021年には香港にてマイク・フィギス監督『マザー・タン』に出演するなど、ボーダレスに活動している。高倉英二に師事し、古武道の稽古にも日々励んでいる。趣味は映画鑑賞、お酒、読書。特に好きな小説家は夏目漱石、三島由紀夫、吉村萬壱。内澤旬子著『世界屠畜紀行』を自身のバイブルとしている。
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