Canon’s note 2. 『ストレイト・ストーリー』
映画がすき。〜My films, my blood 〜

BW_machida

2022/06/03

「いつだって自分は変われる」

 

お正月やお盆休みに山口の祖父母の家に帰った時、大阪の実家に帰った時。最初の数日は楽しいけれども、色々と口うるさい両親、親族のおじちゃん、昔となんら変わらぬ様子でケンカを始める家族の姿に、段々と疲れを覚え始めるものだ。
みんな、ほんと変わらないなぁ。

 

人は変わらないという。
だけども、他人は変えられないけれども、少なくとも自分は変えられる、と私は信じている。
デイヴィッド・リンチ監督「ストレイト・ストーリー」を観ると、いくら歳を取っても人は変われると思わせてくれる。

 

「ストレイト・ストーリー」は娘と共に暮らす73歳のアルヴィン・ストレイトが、仲違いして以来ずっと絶縁していた兄、ライルが倒れたという知らせを聞き、ライルにあうため560キロ先の彼の住む家まで、芝刈り機に乗って(時速8キロメートル!)旅に出るという実話を基にしたお話。

 

© 1999 STUDIOCANAL

「ストレイト・ストーリー」(監督:デイヴィッド・リンチ、主演:リチャード・ファーンズワース、日本公開:2000年)

 

小学生の時、母がTSUTAYAで借りてきたこの作品を母と一緒にソファに座って観ていた私は「おじいちゃんがトラクターに乗って旅している!」という画がなんとも好きでたまらなかった。
ゆったりゆったりとトラクターで進むアルヴィン。心地よいカントリーミュージックと共に画面いっぱいに広がるトウモロコシ畑。

 

旅をする中で、沢山の人たちがアルヴィンと出会う。
ヒッチハイクをしている家出少女、仕事に終われいつも大好きな鹿を轢き殺してしまうノイローゼ気味の女性、仲の悪い双子の兄弟、アルヴィンと同じ戦争時代を生き抜いた老人、牧師…
アルヴィンが彼らに放つ言葉の一つひとつは「当たり前」のことばかりだけれども、彼が経てきた人生から滲み出る、普段忘れがちな「当たり前」の重みに、若者たち、そして観客の私たちは心を動かされる。
また、ゆっくりゆっくりと動くトラクターに乗って旅をするアルヴィン自身も、自己の人生を振り返りながら、彼らに放ったその言葉たちを咀嚼していたのではないか。

 

若者が「歳をとって最悪なことは何?」とちゃかすようにアルヴィンに尋ねるシーンがある。彼は「若い時のことを覚えていることだ」と答える。

 

よくある質問。
「過去に戻れるならいつに戻りたい?」

 

私は過去に戻りたいと思ったことが一度もない。本当に一度もない。あの時ああしていたら、こういしていたら…
それが叶ってしまったら今の私は存在しないからだ。もちろん今の自分に満足しているという意味では決してない。もっと器用に生きられたら、もっと前から英語を勉強していたら、あの時あの人にあんなことを言わなければ、気持ちをちゃんと伝えていたなら…後悔の念は死ぬほどたくさんある。
だけども、苦い経験を経てきたからこそ得られたものが沢山ある。そしてそれが今の自分を支える大きなものだったりする。過去にもどってやり直し、その失敗からの教訓を失ってしまうほうがよっぽど恐ろしい。

 

アルヴィンの旅は自身の自尊心を否定する旅でもあった。
しかし意地を張っていては兄に会えないままで死んでしまい、一生後悔してしまうかもしれない。アルヴィンは言う。「ライルと、ただ一緒に座って星を眺めたい」。

 

反抗期の長かった私は、大学で東京に出てきて初めて父の日に父へ手紙を書いた。父は私が14歳の頃に病気をしてから仕事を辞めて主夫となった。家にいるときはいつも父と衝突し、私は数えきれない程のひどい言葉を父に吐いた。大学で東京に出てきて、父のありがたみが初めて分かった。毎日の掃除、洗濯に加え、お弁当や、食卓に温かいご飯を用意してくれていた父。恥ずかしくて何度も断念しかけたけれども、えいっと筆をとった。父におしゃれな便箋を使うのも何だか恥ずかしくて、ディズニーのキャラクターが散りばめられたポップな絵柄の便箋を選んで書いた。文章の半分以上が「ごめんなさい」と、少しの「ありがとう」で占められた稚拙な内容だったと思う。書いていると涙が溢れてきて、便箋が涙でぐちゃぐちゃになった。

 

それ以来、父の誕生日には電話もするようになったし、最近では大阪に帰った時に父とハグもできるようになった。
父も「なんやぁ」と照れながらまんざらでもない様子だ。最初は死ぬほど恥ずかしくても、自分からえいっと踏み出せば、きっと、それまでとは違う何かが必ず返ってくる。たとえそれが望んだようなものでなくたって、勇気を出して行動した経験から得られるものがきっと、ある。他人の心はコントロールできない。けれども、いつだって頑張れば自分は変えられるし、自分が変わればきっと、今までとは違う景色が目の前に広がってくる。

 

アルヴィンもそんなことを想いながら、トラクターから雄大な景色を眺めていたんじゃないかな。

 

滋賀県での撮影時に訪れた、竹生島。その帰りのフェリーからの夕日に、心洗われる。

 

発売元:アイ・ヴィー・シー
価格:Blu-ray¥4,180(税込)

縄田カノン『映画がすき。』

縄田カノン

Canon Nawata 1988年大阪府枚方市生まれ。17歳の頃にモデルを始め、立教大学経営学部国際経営学科卒業後、役者へと転身。2012年に初舞台『銀河鉄道の夜』にてカムパネルラを演じる。その後、映画監督、プロデューサーである荒戸源次郎と出会い、2014年、新国立劇場にて荒戸源次郎演出『安部公房の冒険』でヒロインを務める。2017年、荒井晴彦の目に留まり、荒井晴彦原案、荒井美早脚本、斎藤久志監督『空の瞳とカタツムリ』の主演に抜擢される。2019年、『プリズナーズ・オブ・ゴーストランド』にてニコラス・ケイジと共演、ハリウッドデビューを果たす。2021年には香港にてマイク・フィギス監督『マザー・タン』に出演するなど、ボーダレスに活動している。高倉英二に師事し、古武道の稽古にも日々励んでいる。趣味は映画鑑賞、お酒、読書。特に好きな小説家は夏目漱石、三島由紀夫、吉村萬壱。内澤旬子著『世界屠畜紀行』を自身のバイブルとしている。
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