akane
2019/01/23
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2019/01/23
「にんじんはヤギ・ヒツジも食べてくれるよ♪」動物ふれあいコーナーにあった張り紙です。
恐怖の人食い(動物食い)ニンジン!? って一瞬ギョっとしますが、ウサギさんの餌のニンジンを売っている所に張られていて、
文法的には何も間違ってない。のに、 改めて考えるとなんかおかしな意味にとれてしまう日本語ってありますよね。それを心理言語学的に考察してみようというのがこのシリーズです。私達が文を読んだり聞いたりする際にどのように文法知識を使いこなしながら情報を処理している(文理解)のか、また読み手、聞き手にとって日本語はどんな特徴を持つ言語なのか……長い能書きをたれている場合じゃありません。子どもたちは人食いニンジンの恐怖にパニックに陥っているかもしれないのです。
子どもたちにちゃんと説明して安心させてあげるためにまずは頭を整理。この文、何が主語ですか? ニンジンじゃないんだよ、というところが重要ですがじゃあ何? と考えると一瞬迷います。ええと、誰が何を食べるという話? ヤギ・ヒツジがニンジンを食べてくれるよ、ってことに違いないですよね。このように主語を表す「が」と、目的語を表す「を」がちゃんとついていれば混乱することはありません。
じゃあこの、いかにも主語の来そうな紛らわしい位置に置かれている「にんじんは」って、文のどんな役割をしているのでしょう。「が」または「は」がつくとなんとなく、「誰が何をした」の「誰が」に当たる主語的なものだと思っておけばいい、と私たちふわっと考えているかもしれません。そんな我々に、何十年も前から「ぼ~っと生きてんじゃねえよ!」と渇をくれていた国語学者たちがいました(金田一春彦・奥津敬一郎がその代表)。
「ボクはウナギだ」(ウナギが自己紹介しとんのかい!)
「こんにゃくは太らない」(こんにゃくが太ったり痩せたりするんかい!)
これらの文は、それぞれ国語学・言語学の業界では真面目に「ウナギ文」「こんにゃく文」と呼ばれ、「は」の役割を考えるための象徴的な存在となっています。「ウナギ文」のほうは、料理店で注文をとっている状況を想像していただければ「ボクはウナギをいただきます」という意味だとしっくりきますが、どうしてそれが「ボクはウナギだ」で表現できるのでしょう、なぜ「お前の正体はウナギなんかい!」と突っ込まれないのでしょう。「アイドルは太らない」と「こんにゃくは太らない」とでは、「~は太らない」の意味が違うのはどういうこと?
「が」「を」などのいわゆる「格助詞」は、それがつく名詞が、文の主語の役割をするのか目的語の役割をするのかというステイタスをはっきりさせてくれますよね。一方「は」は、主語か目的語かということとは別次元の情報である「主題」を表す機能を持ちます。「主題」とは、その文で述べられる中心の対象で、話し手(書き手)と聞き手(読み手)がすでに共有している情報を示します……と言うと何のことだかかえって混乱しそうですが、ここでは要するに「~についていえば」という情報の「取り立て」です(なので、「副助詞」の中でも「取り立て詞」と呼ばれます)。
取り立ててくれるのは結構なのですが、主語か目的語かという文法的ステイタスを示す「が」や「を」が駆逐されちゃうので(両方つけられればいいのですが、「~には」「~では」などと違って「~がは」「~をは」とは言えませんよね)、そこは聞き手(読み手)が判断を強いられるわけです。「ボクの注文についていえば、ウナギを所望します」「こんにゃくという食材に関して言うと、それを我々が食べても太らないんです」というように。
「にんじんはヤギ・ヒツジも食べてくれるよ♪」に戻ると、本来「ニンジン」は「食べてくれるよ」の目的語なのですが、もともと「を」がついていたと考えるべきか「が」がついていたと考えるべきか情報がないので、読み手の常識が試されるわけです。常識から自由な子どもたちにとっては、「恐怖のニンジン」のイメージのほうが喚起されやすいかもしれません。
せめて、「にんじんはヤギ・ヒツジが食べてくれるよ♪」だったら紛らわしくないのですが、この文の目的は「ウサギのエサとしてニンジン売ってるけど、ウサギだけじゃなくてヤギやヒツジにあげてもいいんだよ」というメッセージを伝えることなので、「ヤギ・ヒツジ」には別の取り立て助詞の「も」(「他のことと同様に」という意味を添える、並立・付加の機能を持つ)がくっついて、主語を示す「が」を駆逐しちゃってますから、この文は主語にも目的語にも取り立て詞が付いて、表面的には主語・
それにしても、このような張り紙に巡り会ったのも何かのご縁、聞き分けのない子にお灸をすえる絶好のネタかもしれません。
「悪い子は、人食いニンジンはすぐに食べちゃうよ!」……しまった、「取り立て」すぎてもはやワケがわからない……ご利用は計画的に。
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