異業種交流会の落とし穴【第1回】
辛酸なめ子『新・人間関係のルール』

入り交じる、あやしげな業界人

一年ほど前、自信をなくして運気も低迷気味だった時期がありました。当時のメモ帳を開くと「異業種交流会ほどおそろしいものはない」という走り書きが。「行き場のないギラギラ感」とも添えられています。

 

人間関係がテーマのこのコーナー。異業種交流会の危険について、メモをもとに当時の記憶を呼び起こしてみます。

 

知人が開催したその異業種交流会は、アート系の人や商社の方、お医者さんなど幅広い方々が参加していました。なんとなく社交したい気分だったので参加。行くまで住所を間違えて数十分道に迷ったのは何かの警告だったのでしょうか……。

 

そして遅れて開場に到着。その時は銀座SIXがオープンしたばかりで、商社の女性とインバウンドについて会話したり、歯科医の人にインプラントについて聞いたりしました(入れるのはそんなに痛くないそうです)。

 

異業種交流会では、雑談力が鍛えられるという利点もあります。

 

会には、あやしげな業界人も入り交じっているようでした。本当かどうかわかりませんが、「オマーンで石油関係の契約をした」と語る男性がいました。それも「5500億円の契約」だそうです。すごいですね、というしかありませんでした。その男性は相づちが「まさにまさに!」と、やたらオーバーなのも気になりました。

 

そんな中、積極的に名刺を渡してくれた方々が。

 

1人は「ハーブで感謝と幸せがあふれ会社の業績もアップしました」と語る男性。ハーブに詳しくて、今度お話を聞かせてくれるとのこと。

 

もう一人の女性は、量子力学のセミナーがあると告知してくれました。量子力学で幸せになれるそうです。その時私は、自信がなく心にスキがあったので、量子力学セミナーやハーブについてのお話を聞きに伺うことを約束してしまいました。

 

ベッカムも飲んでいる?

まず、ハーブに詳しい男性との会合です。40代後半くらいの、地味な雰囲気の男性。私もハーブが好きなほうなので、何か学べることがあるかもしれないと楽しみだったのですが、レモンバームだったりカモミールだったりハーブの名前を出してみましたが、反応が薄いです。というかあまりご存じない様子。そして失礼ながら目つきがちょっとやばいような……。ギラギラしつつも半分死んでいるみたいな鈍い光が宿っています。その男性は、A5サイズの小冊子を出してきました。

 

「これはすごい体に良いサプリです。Lアルギニンと一酸化窒素が、美容と健康に効果があるんですよ。このノニジュースは、ベッカムも飲んでいるそうです」

 

アルギニン? ノニ? ハーブとあまり関係ないような……。というかパンフをチラっと見た限りでは、マルチっぽいです。商品パッケージのデザインにもあやしさが漂っています。値段も高くて、勧められた1ヶ月ぶんのセットは32万円もしました。

 

「大きな声で言えないけれどガンも治るらしいですよ」

 

その男性は、サプリを飲んだ効果として、自分の半裸の筋肉写真を見せてきました。「今度検討します」とパンフだけもらって、さっさとその場を後にしました。

 

量子力学で潜在意識にアプローチ

そして別の日は、量子力学のセミナーです。こちらは誘ってくれたのが女性だったのでちょっと安心感がありました。昨今、引き寄せの法則と量子力学のコラボがさかんですが、こちらのセミナーも、量子力学で潜在意識にアプローチし、願望成就させる、といった内容のようでした。一見普通っぽい若い男性が自信にあふれた口調で講義。

 

「潜在意識を体感すると望み通りの人生になります。僕もサラリーマンだったのですが、物理性心理学に出会い、人生が変わりました。このようにセミナーを開けるようになりました」

 

このセミナーは成功の証だったようです。価値観は人それぞれです。

 

「宇宙の次元はマトリョーシカのようになっています。意識も同じです」

 

「量子のもつれという原理があり、ひとつの存在には2つの矛盾する性質が互いに補い合い陰陽のように実在しています」

 

などと、その男性は小難しいことを語っていて、数十人いる参加者は皆感銘を受けたかのように「へぇー」「すごい」と、うなずいています。

 

後半は、大日如来の話や、「全てを生み出す神のエネルギー」といったスピリチュアルな方向に。全ては素粒子で、波動に影響するので、ポジティブな思いや言葉が重要、だそうです。どこかで聞いたような……。

 

そして「宇宙にはエネルギー等価交換の法則があります」と本題っぽい内容へ。引き寄せの法則は自分が発信したものしか得られないので、それよりも潜在意識にアプローチした方が良いそうです。

 

「自分に肯定感を持つことです。自分にありがとう、と言いましょう。目標を設定するのではなくゴールを設定し、ワクワクすることをやりましょう」

 

前の方に座っている十代の女子など「こんなこと学校でも教えてくれなかった」と感化されているようです。ありがちだったかもしれませんが、改めてこうした場で聞くと妙な説得力がありました。

 

最後に、誘ってくれた女性がA5サイズの薄いパンフを持ってきて、デジャヴというかフラグが立っていたのですが、開いたら数十万円の美顔器のカタログ。

 

検索したらこちらも、勧誘した人にマージンが入るマルチのようでした。体験会に行ったら美顔器のローンを組まされたり高いコスメを買わされたりという……。しかも肌に良いとか言って、勧誘してきた人は肌荒れしていたような……。こちらも「検討します」と言ってスルーしました。

 

このように参加した異業種交流会を発端に週に二回もマルチの勧誘に遭ってしまいました。不安だったり心にスキがあった自分にも責任はあります。話しかけられた時点で、こちらの自信なさげなオーラを見抜かれていたようです。

 

今回、異業種交流会は石を投げるとマルチに当たる、ということに気付かされ、良い勉強にもなりました。

 

大人になると、人と知り合うシチュエーションは様々ですが、特に何の共通点もないのに、見ず知らずの人が積極的に近づいてくる場合は、警戒した方が良いかもしれません。でも、話のネタとしてはおもしろい経験なので、余裕があったら相手をするのも一興です。

 

【今月の教訓】
異業種交流会ではスキを見せない

 

新・人間関係のルール

辛酸なめ子(しんさんなめこ)

1974年東京都生まれ。埼玉県育ち。漫画家、コラムニスト。女子学院中学校・高等学校を経て、武蔵野美術大学短期大学部デザイン科グラフィックデザイン専攻卒業。恋愛からアイドル・スピリチュアルまで幅広く執筆。著書に『女子校育ち』(ちくまプリマー新書)、『大人のコミュニケーション術』(光文社新書)、『辛酸なめ子と寺井広樹の「あの世の歩き方」』(マキノ出版)など多数。
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