珍種が新種に。「変」のままで大海へ【第41回】著:川崎大助
川崎大助『究極の洋楽名盤ROCK100』

戦後文化の中心にあり、ある意味で時代の変革をも導いた米英のロックミュージック。現在我々が享受する文化のほとんどが、その影響下にあるといっても過言ではない。つまり、その代表作を知らずして、現在の文化の深層はわからないのだ。今を生きる我々にとっての基礎教養とも言えるロック名盤を、作家・川崎大助が全く新しい切り口で紹介・解説する。

61位
『ドリトル』ピクシーズ(1989年/4AD/英)

Genre: Alternative Rock
Doolittle-Pixies (1989) 4AD, UK
(RS 227 / NME 38) 274 + 493 = 767

※61位、60位の2枚が同スコア

 

 

Tracks:
M1: Debaser, M2: Tame, M3: Wave of Mutilation, M4: I Bleed, M5: Here Comes Your Man, M6: Dead, M7: Monkey Gone to Heaven, M8: Mr. Grieves, M9: Crackity Jones, M10: La La Love You, M11: No. 13 Baby, M12: There Goes My Gun, M13: Hey, M14: Silver, M15: Gouge Away

 

売れなかったが評価はされたデビュー・アルバムの翌年に発表されたこの1枚にて、彼らの雷鳴は本格的に世間に轟き渡った。本作は全英チャート8位を記録。95年には、なんとアメリカ・レコード協会がゴールド(50万枚販売)認定。つまり前作から数段階上昇した社会的成功を彼らが手に入れることになったのが、本作だ。

 

といっても、なにか突然世間に迎合したわけではない(できるわけがない)。勝因を挙げるとするなら、エコー&ザ・バニーメンとの仕事などで有名な、イギリスはリバプール出身のプロデューサー、ギル・ノートンの起用が「当たった」ことか。マッシヴなリズム隊と、そこからすこし距離をとって高らかに鳴り響く、なにやら啓示的なリード・ギターのフレージングは印象的だ。「エキサイティング」なロックとしての、ピクシーズ・サウンドの輪郭がここではっきりしたと言える。

 

たとえば、M1の高揚感、疾走感はどうだ! それで歌詞が、ブニュエル&ダリの映画『アンダルシアの犬』(29年)のカミソリで目玉まっぷたつシーンの引用もあるシュールな内容なのだ。M3も素晴らしい。パレードの鼓笛隊にも似合いそうな、爽快なメロディ。しかし「切除の波」というタイトルどおり、歌詞は「変」だ。ブラック・フランシスによると、「日本のサラリーマンが一家無理心中を試みて、桟橋から海へクルマごと突っ込んでいく」情景がヴァース1だそうだ。ヴァース2では、その彼がエルニーニョのせいでマリアナ海溝まで流されて、人魚にキスしたりする。「切除の波に乗って/切除の波/波」とコーラスでは繰り返される……と、たとえばこんな曲で、ライヴ会場ではお客が大盛り上がりとなるのがピクシーズだ。

 

そのほか、不気味になごやかなM5、アンセム調の(しかし環境破壊を告発している)M7は、なんと全英チャートと米ビルボードのモダン・ロック・チャートにてランクインしてしまう。

 

このように「変」なまま、音楽シーンに確固たる足場を固めた彼らの存在は、後輩たちの絶好の道しるべともなった。たとえば本作のM2に代表されるような、1曲のなかで「静と轟」のパートを交互に登場させてダイナミズムを表現する手法は、そっくりそのまま、ニルヴァーナのメガ・ヒット曲「スメルズ・ライク・ティーン・スピリット」(91年)へと引き継がれた。

 

次回は60位。乞うご期待!

 

※凡例:
●タイトル表記は、アルバム名、アーティスト名の順。和文の括弧内は、オリジナル盤の発表年、レーベル名、レーベルの所在国を記している。
●アルバムや曲名については、英文の片仮名起こしを原則とする。とくによく知られている邦題がある場合は、本文中ではそれを優先的に記載する。
●「Genre」欄には、収録曲の傾向に近しいサブジャンル名を列記した。
●スコア欄について。「RS」=〈ローリング・ストーン〉のリストでの順位、「NME」は〈NME〉のリストでの順位。そこから計算されたスコアが「pt」であらわされている。
●収録曲一覧は、特記なき場合はすべて、原則的にオリジナル盤の曲目を記載している。

 

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究極の洋楽名盤ROCK100

川崎大助(かわさき・だいすけ)

1965年生まれ。作家。88年、音楽雑誌『ロッキング・オン』にてライター・デビュー。93年、インディー雑誌『米国音楽』を創刊。執筆のほか、編集やデザ イン、DJ、レコード・プロデュースもおこなう。2010年よりビームスが発行する文芸誌『インザシティ』に短編小説を継続して発表。著書に『東京フールズゴールド』『フィッシュマンズ 彼と魚のブルーズ』(ともに河出書房新社)、『日本のロック名盤ベスト100』(講談社現代新書)がある。

Twitterはこちら@dsk_kawasaki

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