だましの手口とは何か?
高橋昌一郎『<デマに流されないために> 哲学者が選ぶ「思考力を鍛える」新書!』

現代の高度情報化社会においては、あらゆる情報がネットやメディアに氾濫し、多くの個人が「情報に流されて自己を見失う」危機に直面している。デマやフェイクニュースに流されずに本質を見極めるためには、どうすればよいのか。そこで「自分で考える」ために大いに役立つのが、多彩な分野の専門家がコンパクトに仕上げた「新書」である。本連載では、哲学者・高橋昌一郎が、「思考力を鍛える」新書を選び抜いて紹介し解説する。

 

だましの手口とは何か?

 

西田公昭『だましの手口――知らないと損する心の法則』(PHP新書)2009年

 

 

連載第5回で紹介した『マインド・コントロール』に続けて読んでいただきたいのが、『だましの手口――知らないと損する心の法則』である。本書をご覧になれば、なぜ誰でもだまされるのか、とくに「自分は絶対にだまされない」と信じている人ほど、実はだまされやすい理由を実感できるだろう。

 

著者の西田公昭氏は、1960年生まれ、関西大学社会学部卒業後、同大学大学院博士課程修了。現在は立正大学心理学部教授。専門は社会心理学。オウム真理教や統一教会に関わる多くの裁判で鑑定人・証人として専門家証言を行い、『マインド・コントロールとは何か』(紀伊国屋書店)や『「信じるこころ」の科学』(サイエンス社)などの著書もある。

 

さて、ここで読者の居住空間をよく見渡してほしい。部屋の戸棚や引出し、玄関や納戸、衣装ケースや冷蔵庫の中……。とくに必要のない物品を購入していないだろうか?

 

旅行先で入手した包装も解いていないお土産、テレビのコマーシャルにつられて申し込んだダイエット器具、スーパーマーケットから持ち帰ったまま消費期限切れになってしまった食品など……。旅に出て高揚した気分、テレビの司会者のセールス・トーク、スーパーの「半額セール」の安さなどに目が眩んで、つい買ってしまった商品の数々ではないだろうか?

 

これらは、本来は必ずしも必要のない「予定外の出費」だったはずである。つまり「自分は絶対に無駄な出費はしない」と信じている人々が、実際には、数えきれないほど多くの「無駄な出費」を繰り返していることがわかるだろう。

 

つまり、一種の「だましの手口」に引っ掛かっているわけだが、それを指摘されても、おそらく多くの人々は大して後悔もしないだろう。というのも、人間には「自分のとった行動を正当化して、後悔しそうなシーンを無意識的に避けようとする」という「後悔回避」の傾向があるからだ。このような人間心理を、西田氏は「自信過剰がはまる罠」と呼んでいる。

 

本書では、このように「だましの手口」に悪用される多彩な「心の法則」が、社会心理学的な背景から説明されている。

 

人間には、否定よりも肯定によって動かされ、自分の信念と合致する証拠は重視するが、相反する証拠は軽視してしまう傾向がある。これを「確証バイアス」という。

 

通信販売で「購入後に効果がなければXX日以内に返品してください。全額返金いたします」のような広告をよく見かける。これは「いったん自分のモノにしてしまうと、その価値が高まってしまい手放したくなくなってしまう」という人間心理「保有効果」の応用である。

 

入院して終末期の癌治療を受けている妻を持つX氏は、毎日のように付き添っている愛妻家である。ある日、X氏が病院から帰宅したところ、郵便受けに『不可能を可能にする人間の法則』という本が入っていた。末期癌が完治したとか、脳梗塞の半身不随が治ったという体験記が書かれている。

 

普段は冷静なX氏だが、藁にもすがる思いで、その本に挟まれていたアンケート葉書に連絡先を書いて送った。すると数日後に電話があり、その本の著者が特別に会ってくれるという。道場のような場所に行くと、著者が入ってきて、足の裏を見せるようにとX氏に指示した。

 

著者はX氏の「足裏診断」を行って「人は前世の因縁で癌になるのだ」と断言し、さらに「末期癌の妻がいるだろう」と言い当てた。驚愕したX氏は、著者の「超能力」を妄信するようになり、高額な「インチキ修業」に参加し、結果的にほぼ全財産を騙し取られてしまった。

 

カラクリがおわかりだろうか? 実は、この著者(「詐欺罪」で懲役12年の実刑――2008年最高裁判決)が主宰するカルト団体(「法の華三法行」)の配下が、病院を回って重病者の付添人を物色し、X氏の後をつけて、郵便受けに著者の本を投げ込んでおいたのである。

 

だまされるのは特別な人ではなく、不利な事情が重なれば、どんな人間でもだまされるということを肝に銘じてください。その上で、日頃からの対策が必要です。第一に、だましについての知識を深めること。第二に、だましの攻撃に備えて、手口を見抜いたり断ったりする練習をしておくこと、そして第三に、相談やサポートのネットワークを広げておくことの三つです。(P.289)

 

「だましの手口」の背景にある「心の法則」を理解するために『だましの手口――知らないと損する心の法則』は必読である!

<デマに流されないために> 哲学者が選ぶ「思考力を鍛える」新書!

高橋昌一郎(たかはし・しょういちろう)

國學院大學教授。専門は論理学・哲学。著書は『理性の限界』『知性の限界』『感性の限界』『ゲーデルの哲学』(講談社現代新書)、『反オカルト論』(光文社新書)、『愛の論理学』(角川新書)、『東大生の論理』(ちくま新書)、『小林秀雄の哲学』(朝日新書)、『哲学ディベート』(NHKブックス)、『ノイマン・ゲーデル・チューリング』(筑摩選書)、『科学哲学のすすめ』(丸善)など。情報文化研究所所長、JAPAN SKEPTICS副会長。
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