正しさとは、を問う不穏な小説『マーダーズ』円堂都司昭
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agarieakiko

2019/03/05

正しさとは、を問う不穏な小説

 

 

『マーダーズ』講談社
長浦京/著

 

 商社マンの阿久津清春は、恋人の柚木玲美がストーカーに襲われる場面に遭遇し、助けに入った。起きたのは、表面的にはそうみえる事件だった。清春のところへ、組織犯罪対策第五課の則本敦子警部補が現れる。だが、ストーカー事件の捜査のためではない。清春と則本は、玲美から自殺と処理された母の本当の死因と行方不明の姉を探すことを要求されたのだった。

 

 長浦京『マーダーズ』では、物語がどこへ行こうとしているのか、なかなかわからない。主要な三人には、いずれも後ろ暗いところがある。作中では「留置所の調和」という言葉が紹介される。刑が確定した刑務所の囚人は上下の明確な人間関係を築こうとするが、前段階の勾留では数週間しかつきあわないから無難に衝突を回避する関係を作ろうとするという。清春、則本、玲美の関係は、それに類する微妙なもの。

 

 日本では死因不明の異状死が年間約十七万人に上るが、一二%しか解剖されない。多くの殺人が見逃されている可能性がある。ネットでは犯罪のアイデアや技術が不特定多数向けの商品になっている。そして、『マーダーズ』は、殺人者だらけの内容なのだ。

 

「殺人を犯しながら穏やかに生きている人間」が許せない。犯人が法で裁かれないままなら自分が断罪してやる、と考える人間がいる。「俺たちは法の番人じゃない。人の番人だ」ともらす警察官がいる。殺人と自己流の正義が、インフレ状態に陥っている世界だ。

 

 なにが正しいのか、正しいことに意味があるのか、頭のなかがかき回されながらも、とにかく続きが読みたい。徹頭徹尾、不穏な小説である。

 

衝撃の真相と、皮肉な展開

 

 

『だから殺せなかった』東京創元社
一本木透/著

 

 今村昌弘の大ヒット作『屍人荘の殺人』と第27回鮎川哲也賞を争い、惜しくも優秀賞となったのが一本木透「だから殺せなかった」だった。

 

 首都圏の三件の殺人が同一犯とわかる。その後、犯人から大手新聞社へ手紙が届く。犯罪報道に関する企画記事を執筆した記者を指名し、紙上討論を要求してきた。新聞社は正義を掲げつつ応じるが、部数減に苦しむなかでは商売のプラスになる出来事でもあった。

 

 そんな裏事情を描きつつ進む物語には臨場感がある。なぜ殺したか以上になぜ殺せなかったかの真相が衝撃を与える皮肉な展開が印象深い。

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