ryomiyagi
2021/07/03
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2021/07/03
『黒牢城』
KADOKAWA
学園モノやファンタジーテイストから現代小説まで、あらゆるジャンルで本格ミステリーを発表し、老若男女のファンを喜ばせている米澤穂信さん。作家デビュー20周年の記念すべき新作『黒牢城』は史実をもとに書かれた、初の本格時代ミステリーです。
舞台は戦国時代、本能寺の変の4年前。織田信長に帰属していた荒木村重は、突然、反旗を翻して毛利と手を結び、有岡城に籠城しました。信長は村重と旧知の仲だった軍師・黒田官兵衛を送り込み翻意を促しますが、村重は官兵衛を土牢(つちろう)に幽閉。その城内で次々と怪事件が起こり、行き詰まった村重は官兵衛に謎解きを求めます。
「昔から“負けた人”や“流罪人”に興味があり、有岡城に監禁された黒田官兵衛を書いてみたいと考えていました。そう担当編集者に話したところ“閉鎖空間の中では米澤さんの特色ある倫理観が引き立つと思う”と背中を押していただきました。おおもとには官兵衛で安楽椅子探偵をやりたいという思いがありましたが、官兵衛自身にも魅力を感じていました。地方の一領主だった官兵衛は、最終的には筑前国福岡藩祖にまで出世します。ですが順風満帆だったわけではありません。そこに人物の陰影を感じ、惹かれました」
安楽椅子探偵とはミステリー用語で“閉じられた空間にいながら与えられた情報だけを頼りに謎を解く探偵”のこと。ハリウッド映画『羊たちの沈黙』に登場する、独房の中から謎を解く猟奇殺人犯レクター博士はその代表例です。
「官兵衛を安楽椅子探偵にして物語を展開していくためには、村重をどう描くかが重要だと思っていました。村重は領主ではありましたが、直属の部下を集めてリーダーになったわけではありません。家臣といっても、村重に自治権を認めてもらう代わりに戦時には兵を出す約束をしていたから集まった、さまざまな背景や思いを持つ者たちです。村重にあったのは警察権と裁判権くらいで、これを他人に取られると領主としてはやっていけなくなる。そこで村重が解決しなければならない怪事件が城内で起こるという展開にしました」
戦国時代について興味ゼロ、知識ゼロでも200パーセント楽しめる工夫も随所にちりばめられています。
「村重は籠城しながら何を考え、どうやって家臣たちに対する求心力を維持し、民衆の心が離れないようにしたのか。その村重を家臣たちはどう思っていたのか。こういった心理はこの小説の重要な要素になると思い丁寧に描きました。
また、時代小説では現代とは違う習慣や価値観が作品世界を下支えします。小説の本筋とは違うところで詰まらないよう時代的背景や当時の常識などといった情報を最初の章で厚めに書き込みました。
私は今とは違う常識や価値観に生きている人に興味があるんですね。この世をどういう場所と捉えているかについては、いつの時代でもそれぞれの見方があります。そこを書いていくことで、普遍性に手が届くのではと思うのです」
終章で明かされる官兵衛の思いは今を生きる私たちに通じ落涙必至。謎解きを満喫し、時代小説だからこそ浮き彫りになる人間の奥行きに嘆息する稀有な一冊。魂を揺さぶられる読書体験ができます。
PROFILE
よねざわ・ほのぶ●’78年、岐阜県生まれ。’01年、『氷菓』で第5回角川学園小説大賞ヤングミステリー&ホラー部門奨励賞を受賞しデビュー。’11年『折れた竜骨』で第64回日本推理作家協会賞、’14年『満願』で山本周五郎賞を受賞。『満願』は同年の年間ミステリーランキングで3冠をとるなど、話題を呼んだ。
聞き手/品川裕香
しながわゆか●フリー編集者・教育ジャーナリスト。’03年より本欄担当。著書は「若い人に贈る読書のすすめ2014」(読書推進運動協議会)の一冊に選ばれた『「働く」ために必要なこと』(筑摩書房)ほか多数。
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