『或るエジプト十字架の謎』著者新刊エッセイ 柄刀一
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〈読者への挑戦〉への誘惑

 

ミステリー好きの読者の中には、〈読者への挑戦〉というパズル的様式をご存じの方も多いと思う。ストーリーの終盤で、物語の外から作者が顔を出し、読者へ挑戦するわけだ。ここまでですべて出揃っている手掛かりをもとにすれば、読者も名探偵同様、ただ一つの解答に至れますよ、と。私は今まで、〈読者からの挑戦〉というへそ曲がりな提示をしたことはあるが、〈読者への挑戦〉は一度もなかった。それを初めて挿入したくなったのが今回だ。表題作にして最終話、「或るエジプト十字架の謎」において。

 

ただ一人の真犯人を特定するロジックに、我ながら確たるものを覚えてしまったものだから。それに、今まで出合ったものにはあまりない味わいも感じた。発想の起点がユニークで、それだけに、畳みかける推論の道筋にも独自色があると思う。

 

デビュー二十周年という節目。初の〈読者への挑戦〉をやってみてもいいのではないか。……しかし結局、気張りすぎないようにと、手控えることにしたけれど。自信のある方は挑戦してみてほしい。鑑識が凶器を特定し、その殺害現場がどこであるかが判明した時点でページを閉じて。

 

キャリアがここまできて、初期から中期にかけて共に歩いてくれた探偵役・南美希風(みなみみきかぜ)が改めて登場してくれた。愛着があり、幻想的なまでの難事件と何度も対決してくれた彼が今回挑む犯罪は、エラリー・クイーンの名だたる《国名シリーズ》を擬(ぎ)している。悪くない巡り合わせではないかな。手応えもある。ささやかながらも記念となる作品集かどうか、一読願えれば幸いだ。

 

クイーンのシリーズでは四作めに当たる《ギリシア棺》になぞらえたストーリーもあるのだが、長さの関係で今回は収録されていない。またの機会に。

 

 

 

『或るエジプト十字架の謎』
柄刀一/著

 

群馬県の山間にあるコテージで行なわれた、芸大の学生たちによるゼミ合宿。一夜明けて、彼らの前に現れたのは、不可解な殺人事件の現場だったーー。表題作ほか三編収録の本格ミステリ傑作集。名探偵・南美希風、推理の切れ味もそのままに11年ぶりの復活!

 

PROFILE
つかとう・はじめ
1959年、北海道生まれ。鮎川哲也編『本格推理』への参加を経て、’98年、『3000年の密室』で長編デビュー。昨年、デビュー20周年を迎えた。近著は『ミダスの河』。

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