akane
2019/09/24
akane
2019/09/24
児童虐待による悲惨な事件の報に接するたび、あの子たちをどうにか救えなかったものかと多くの人が考えるに違いない。そして自分の無力さにため息をつく。私も同じように感じながら、あれこれ思いを巡らせた。『展望塔のラプンツェル』は、人と人とのつながりがもたらした小さな奇跡と救いの物語だ。それは私の想像が生んだ「あったかもしれない物語」でもある。
登場するのは虐待されている幼い男の子と、その子をとりまく「他人」である。彼らはひたむきに自分の人生に向き合っている。被虐待児の声なき声をすくい取るのは、日々の仕事に忙殺されている児童相談所の職員だろうか? 同じような目に遭いながらも荒(すさ)んだ地域でたくましく生きる少年や少女だろうか? それとも長年不妊治療を受けながらも子供に恵まれない主婦だろうか?
児相の職員は心を殺し、目の前に現れる案件に淡々と取り組む。十七歳の少女は、男の子に勝手に改変したグリム童話を聞かせてやる。わが子を身ごもることのない主婦は、向かいの家の被虐待児を一心に見張り続ける。地域のランドマークである海辺の展望塔の下で、束の間に他人同士の人生が交錯する。
他人である彼らは、積極的に「この子を助けてやりたい」と意気込むわけではない。ただ気にかけて関わっていくだけだ。些細な気づきや興味、独りよがりな思いはリレーのようにつながっていく。子供は自ずからたくましい生命力を内包している。貪欲さも野性的なのびやかさも持ち合わせている。そっと背中を押してやるだけで、生きる術(すべ)を見つけ出すことができるのではないか。そして力添えをするのは、赤の他人でもかまわないのではないか。私が考えた「あったかもしれない物語」の出発点はそこだった。
『展望塔のラプンツェル』は、生きることを諦めない物語である。
『展望塔のラプンツェル』
宇佐美まこと/著
多摩川市は労働者の娯楽の街として栄え、貧困、暴力、家庭崩壊と、児童相談所は休む暇もない。児相勤務の悠一は、虐待の通報があった家を訪ねるが、五歳児の次男は徘徊しているらしい。カイとナギサは、街をふらつく幼児にハレと名付け、面倒を見ることにする。
PROFILE
うさみ・まこと 1957年愛媛県生まれ。「るんびにの子供」で『幽』怪談文学賞〈短編部門〉大賞を受賞しデビュー。『愚者の毒』で日本推理作家協会賞を受賞。ほかに『熟れた月』『骨を弔う』など。
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