「約束された栄光を乱した家庭環境」人生のレールを外れたからこそ見えたもの ~奇跡の48年生には、イチローを超えかけたもう一人の男がいた~
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根鈴雄次(ねれいゆうじ)。中学時代からパワフルなバッティングが評判を呼び、数多の高校野球名門校の間で激しい争奪戦となった男がいる。甲子園で活躍し、プロに行く—-誰もがそう信じて疑わなかった彼は、高校入学からわずか1ヶ月後の「不登校」によって“野球界の王道”からコースアウトしてしまう。引きこもり、中退、渡米、定時制高校卒業からの法大入り、そして二度目の渡米……周囲に惑わされることなく「己の声」を聴き、自分の可能性を信じて道を切り開いてきた男の半生は、私たちに何を教えてくれるのか。

 

※本稿は、喜瀬雅則『不登校からメジャーへ ~イチローを超えかけた男~』(光文社新書)の一部を再編集したものです。

 

日大藤沢のユニホームでグラウンドに立つ

 

◆借金、離婚、そして家族の分裂

 

根鈴の両親は、ともに教師だった。

 

家庭環境なのか、それとも遺伝なのだろうか。根鈴は、中学時代の成績も優秀で、学年トップの成績を誇っていた。

 

野球もできる、まさしく文武両道のアスリート。

 

絵に描いたような教育一家に、思いも寄らぬ“異変”が起こったのは、中2の時だった。

 

父が、友人の事業に「名義」を貸していた。

 

時はバブル期。融資のための連帯保証人として「教諭」というステータスは、何物にも代え難い信頼感があった。そこで新規事業を始める友人に、出資者の一人として協力したのだ。

 

しかし、それが悲劇を生んだ。数千万円の借金を、かぶることになったのだ。

 

取り立ての電話が、両親の勤務先の学校にも入る。根鈴の自宅前には、墓地があったという。学校から帰って、根鈴が自宅のカギを開けようとすると、墓石の裏に隠れていた借金取りが突如、走り出て来たこともあった。

 

電話が鳴ると、受話器の向こうから「いつ返してくれる?」。野太い怒声に、根鈴は電話に出ることすら怖くなったという。携帯電話も電子メールも、まだまだ普及していない時代。家族同士の電話連絡の際は、ワンコールで一度切り、すぐにかけ直すのが合図だった。

 

根鈴が一人で家にいる時にも借金取りが押しかけ、インターホンを何度も鳴らした。怖くて怖くて、雄次は部屋の奥に震えながら閉じこもった。

 

両親が出した結論は「離婚」。

 

そうしなければ、根鈴家が総崩れになる恐れがあった。

 

根鈴が日大藤沢高へ入学する直前のことだった。

 

借金禍に巻き込まれた頃の話だという。

 

「毎日、酒飲んで、夜、ぶっ倒れてるんです」

 

家に帰ってくる父は、決まって酔っていた。

 

現実から目を遠ざけたい。その苦しい胸の内は、根鈴にも痛いほど分かる気がした。

 

返済に追い立てられた根鈴家の家計は、火の車だった。

 

「千円、貸してくれ。なかったら、学校にも行けん」

 

出勤前、母にそう頼んでいる父の姿をたびたび見たという。

 

「父の威厳もへったくれも、最後はなかったですね」

 

家族で食卓を囲んでいても、どこか重苦しい。口を開けば、どうしても、父への不満や責めの言葉が出てしまう。

 

「このままだと、借金が“こっち”にも来るから」

 

離婚せざるを得なくなった理由を、母から伝えられた。

 

さらに、高校入学直前のことだった。

 

「家、出るから」

 

母からそう告げられたのは、引っ越しのわずか2日前だった。

 

「借金取りに突き止められたら、困るからなんでしょうね」

 

今、冷静になれば、母の隠密行動の理由も分かる。引っ越し準備の動きを、周囲に察知されるわけにはいかなかったのだ。

 

だから、幼なじみたちに、転居を告げるひまさえなかった。

 

「夜逃げ同然でしたね」

 

横浜市田奈の一軒家から、まるで逃げるかのように引っ越したという。

 

冷蔵庫やタンスなどの家具類はもちろん、ミニカーやメンコ、そして、何よりも大事にしていた「プロ野球選手のカード」のコレクションといった“宝物”さえも持っていくことはできなかった。

 

「ホントに行くのか?」

 

玄関で、靴を履くその背後で、悲壮な表情の父が、呆然と立ち尽くしている。そのシーンが、根鈴の心に鮮明に焼き付いているという。

 

「離婚には応じたけど、家を出て行くことまでは知らなかったみたいなんです。ビックリしていました」

 

父の視線を、その背中に感じていた。

 

「けっこう、きつかったです」

 

離婚、借金、そして、父を置いての転居。非情にも映る母の決断。ただそれは、愛する子どもを“守る”という一心からだった。

 

2階建ての一軒家から、間取り3Kのマンション。手狭になったとはいえ、転居先から日大藤沢高までは電車1本、30分もあれば学校に到着できた。朝練に向かうにも、練習が終わった後も、通学の負担はずいぶん小さくなる。

 

教師の母は、転居することで勤務先が遠くなった。それでも、根鈴のことを考えて、新居を選んでくれた。

 

苦しい、限られた、厳しい環境の中でも、息子の野球への情熱をくんでくれた母の愛情が、ひしひしと伝わってきた。

 

それでも、根鈴の心は揺れていた。

 

「世の中のことを分かっているようで、分かっていない年齢じゃないですか。両親が離婚して、違う家に帰って、ハッピーじゃない状況ですよね。思春期で、家がおかしくなって、どうしても物事を悪い方に捉えるじゃないですか」

 

15歳の野球少年は、理解の範疇をはるかに超えた、何とも複雑な状況に置かれていた。

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不登校からメジャーへ

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喜瀬雅則(きせまさのり)

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