akane
2019/09/27
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2019/09/27
※本稿は、喜瀬雅則『不登校からメジャーへ ~イチローを超えかけた男~』(光文社新書)の一部を再編集したものです。
1989年(平成元年)春。
根鈴雄次は、神奈川県の日大藤沢高に入学した。
元・中日ドラゴンズの投手で通算219勝、50歳まで現役を続けた山本昌をはじめ、プロの世界にも多くのOBを送り出している。
その強豪校へ、指定校推薦で入学した。
甲子園に出る。そして、プロの世界へ進んでいく。
大いなる夢を抱き、飛び込んだ高校野球の世界。しかし、根鈴には、その空気がどうしても肌に合わなかった。
厳しい上下関係、朝練、グラウンド整備、全体練習、後片付け。課されることが多すぎて、自分を振り返る余裕もない。
俺のやりたい野球って、これだったのか?
楽しくない。なぜか虚しい。すると、監督の言葉も、先輩たちのちょっとした指示も、全く意味のないもののように思えてくる。
「中学の頃って、月曜から金曜までは自分で考えて練習して、それを土曜と日曜の試合で試してみる。そんな感じだったんです。基本的には『遊び』じゃないですか。そういう野球しか知らなかったんです。でも、高校に入ったら、それこそ365日、始発電車で学校に行って、朝から練習する。そのことに面食らったんですよ」
たかが部活動。ちっぽけな世界の出来事に過ぎない。しんどいのは、最初だけ。少しの間の辛抱だ。そうやってやり過ごしていけば、いいだけの話なのかもしれない。
それでも、何かが違う。一体、どうすればいいんだ。
揺れる心は、どうしても「自己否定」につながってしまう。
『心のコップ』には、縁すれすれまで水がたまっていた。
--練習、しんどいんだ。やってられねえよ。
愚痴をぶつけると、時に慰めてもくれる。その緩衝材になってくれるはずの『家族』が、その時、ばらばらになっていた。
父親の抱えた借金が理由で、両親が離婚を余儀なくされたのだ。
「家がちゃんとしていたら、ストレスにも耐えられていたと思うんですよね。でもその時、心が削れていってたんです」
野球の練習を終え、学校から帰っても、家には誰もいない。
孤独感からのストレス。しかし、その晴らしようも分からない。
中学時代から自己流で取り組んでいたウエートトレーニングで、今よりもっと、自分の体に筋肉をつけたかった。そのための時間が欲しい。トレーニングジムにも通いたい。
なのに、15歳の自分は、監督や先輩たちに「こうしたい」と自分の言葉で、自分の思いを伝え切れなかった。
周囲に流されているかのように、仲間たちと足並みをそろえようとしている、自分への苛立ちも募り始めていた。
ざわざわした心が、収まらない。
少年から、大人へと変わっていく。その多感な時期に抱え込んだ複数の方程式の解を、全く導き出せなくなっていた。
微妙なバランスをかろうじて保っていた“水面”が、大きく揺れ動いたのは、そんな時だった。
将来を見据えて、一度立ち止まって、考えてみる。こうなりたい。そのために、今、何をすべきか。我慢なのか。主張して、己を貫くのか。
しかし、15歳の思春期に、そんな成熟した、冷静な判断を下せる心の持ち主の方が、むしろ珍しいのではないだろうか。
強気と弱気。希望と無力感。もっとやれる。いや、やっても、どうしようもない。
表裏一体のカードは、心の中でくるくると、ずっと回転していた。
どれが、本当の自分なんだ。
答えは出ない。
迷いのループに、完全に入り込んでいった。
ホームランを打った、その翌朝のことだった。
目覚めても、ベッドから立てなくなっていた。
まるでブレーカーが落ちたかのように、体に「動け」という電気信号が届かない。
それでも、朝練に行かなきゃいけない。追い立てられるような思いだけで気力を振り絞り、家を出た。始発電車に乗るために、夜明け前の薄暗い町を歩いていると、息が切れてくるのが分かった。
目の前の景色が、ぐらぐらと揺れている。
近所の公園のベンチに、がっくりと座り込んだ。まぶしい朝の光が差してくる。それでも、立ち上がれない。
もう、きっと、練習は始まっているんだろうな。電車に乗らなきゃ。早く学校に行かなきゃ。
心の中では、とても焦っていた。
なのにふらつく足は、駅とは逆方向の自宅へと向かっていた。
「ちょっと具合が悪いから、戻って来た」
出勤前の準備で忙しい教師の母にそう告げると、階段を這うように上り、2階にある自室のベッドに倒れ込んだ。
翌朝、体温を測ると、39度まで上がっていた。
その翌朝も、その次の日も、朝になると体温がはね上がった。
「だるいんです。学校に行きたくないし、練習に行くとか、するとか、しないとか、そういうのじゃなくて、とにかく、家から出たくなくて……」
その迷える若者に、寄り添い続けた野球人がいた。
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