競歩ーー人間だから挑める競技『競歩王』額賀澪
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競歩ーー人間だから挑める競技

 

100m走でもマラソンでも棒高跳びでも走り幅跳びでも、はたまたやり投げや砲丸投げでも、陸上競技を観るときに感じるのは、選手達の超人的な躍動感と神秘性だ。《より強い存在》を目指し走り、跳躍し、投擲(とうてき)する選手の姿に私達は魅了され、自然と声援を送る。

 

競歩は、そんな陸上競技の中では異質な存在だ。誰よりも前に進みたい。一番にゴールしたい。しかし走ってはいけない。歩いてゴールを目指す。歩き方にもルールがあり、その《歩き》は私達の《歩き》とは大きく異なる。

 

(1)常にどちらかの足が地面に接していること。

 

(2)繰り出した脚は接地の瞬間から地面と垂直になるまで、膝を曲げてはいけない。

 

この二つのルールを守り、20㎞、50㎞という距離を歩き通す。それが競歩だ。早くゴールしたければ走ればいいものを、《あえて》歩く。ルールという鎖に縛られ《あえて》人間離れしたフォームで歩く。

 

この《あえて》という言葉をまとった競技から感じるのは、圧倒的《人間らしさ》だ。これは人間にしか挑めない——いや、人間だから挑める競技なのだ。ルールを背負って一歩一歩ゴールに向かって歩く姿は、人間を、人生そのものを想起させる。長く、静かで、淡々としている。しかし100m走にだって負けない魅力がこの競技にはある。そう思ったら、私は競歩を題材に小説を書かずにはいられなかった。

 

日本の競歩はとても強い。東京オリンピックでは金メダルも期待されている。なのに、観戦チケットは販売されない。会場に行けば誰だって無料で観戦できるからだ。しかも競歩は周回コースで行われるので、選手の姿を何度も観ることができる。

 

さて、その前に、九月二十七日開幕のドーハ世界陸上を観よう。ルールをおさらいして、みんなで競歩日本代表を応援しよう。

 

『競歩王』
額賀澪/著

 

高校生の時、華々しく作家デビューした榛名忍だったが、その後の刊行作は奮わず、燻り気味。そんな折、ひょんなきっかけで同じ大学の競歩選手と出会った。思いがけぬ邂逅から、忍は「競歩」をテーマに小説を書くことに。スポーツ青春小説の新たなる傑作が誕生!

 

PROFILE
ぬかが・みお
1990年茨城県生まれ。2015年『屋上のウインドノーツ』で第22回松本清張賞を、『ヒトリコ』で第16回小学館文庫小説賞を受賞。駅伝を描いた『タスキメシ』も大きな話題となる。

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