発達障害の子どもを東大に入れたシングルマザー「才能のひらき方」(3)学校の先生との向き合い方
ピックアップ

ryomiyagi

2020/08/27

撮影・須藤明子

 

「学校の先生もいろいろな方がいて。相性の合う先生、合わない先生って、あるんですよね」
こう話すのは秋田県潟上市で美容室を営む菊地ユキさん(51)。
地域で初めて発達障害の診断を受けた長男・大夢くんを育て、苦労の末に東大の大学院に入れたシングルマザーだ。

 

8月19日には、これまでの育児のことをまとめた『発達障害で生まれてくれてありがとう〜シングルマザーがわが子を東大に入れるまで』(光文社)を上梓した。

 

小学校に入学早々、大夢くんが発達障害の診断を受けると、菊地さんはその事実を学校の先生や父兄、そして大夢くんの級友にも公表。結果、学校は彼の特性に配慮してくれるようになり、父兄からの苦情も減った。さらにクラスの子供たちも、大夢くんのちょっと変わった特性=彼の個性と認めるようになった。こうして、少しずつ大夢くんは落ち着いて学校生活を送れるようになったのだが……。3年生になって担任教諭が変わると、大夢くんはふたたび、不安定に。その担任教諭のことを、菊地さんは著書のなかで次のように紹介している。

 

《そして、3年生になった大夢の担任となったのがK先生。
 私よりも少し年上の女性の先生でしたが、大夢とK先生との相性は……。
 長いキャリアに裏打ちされた、自分なりの指導法をお持ちで、なによりも常識を重んじる、そんな先生だったと思います。おそらく、一般的なお子さんが相手であるならば、とても熱心で、とても優秀な先生なはずです。》(本書より)

 

ただ、このK教諭と大夢くんとの相性は……残念ながら最悪だった。
大夢くんが3年生になってすぐのこと。帰宅しても落ち着きのない息子のようすを見て心配になった菊地さんが学校を訪ねると、K教諭は彼女にこう宣告したという。
「お母さん、大夢くんは普通の子ですよ。やればできるはずです。特別扱いはしません!」

 

その言葉に不安を覚えた菊地さん。当時の心境を著書ではこう綴っている。

 

《もちろん、大夢がADHDの診断を受けているということも、K先生はご存知のはずでした。それでも、彼女はあくまでも大夢を「普通の子」として、扱おうとしていました。
 私だって本心では、それができるなら、どんなに嬉しいかわかりません。
 でも、大夢は決して不真面目だから、毎日のように忘れ物をするわけではないのです。意地悪したくて、誰かのことを怒鳴ったり打ったり蹴ったりするんじゃないんです。怠けたくて、全校集会に参加できないわけではないんです。授業中、悪ふざけで奇声をあげて教室の床に寝そべっているわけではないんです。(中略)
「大夢はほかの子とは違うんです。頭が故障してるんです。だから、依怙贔屓と周りから思われてもかまわないので、特別扱い、してください」
 そうお願いしても、K先生は「大夢くんは普通の子、真面目にやれば必ずできるんです」と頑として譲ってくれません。》(本書より)。

 

「できないのは、やる気がないから」「そこで我慢すること覚えないでどうするんですか」「ここであきらめたら、このまま怠け癖がついちゃう、そういう人間になっちゃいますよ」
K教諭の口から出てくる言葉を聞くうち、菊地さんはさらに暗澹とした気持ちになったという。そして、悪い予感は的中。大夢くんの困りごとはどんどん増えていった。
授業中に教室でおもらしをしてしまったり、体育の授業でマラソン大会の練習中には行方不明になったり。また、別の授業では、突然大きな声をあげ、教諭から理由を問われても答えられず、授業が終わるまで立たされてしまったり。
K教諭からは「甘えは許しません、特別扱いしません」といった連絡が、その都度あった。

 

たとえ先生からけむたがられようと、何度でも学校に足を運んで、親の意見をきちんと伝える

 

大夢くん7歳の時、弟と(写真は著者提供)

 

これまでの菊地さんなら、ここで心が折れてしまっていたかもしれない。でも、このときは違っていた。菊地さんは大夢くんから「どうして、そうしたのか」を、長い時間かけて聞き出したのだ。

 

果たして、授業を中座してばかりでは集中力の欠如に繋がると捉えたK教諭が「授業中のトイレ禁止」と決めたことが、おもらしの遠因だった。「どうしても我慢できないときは、トイレに行っていいんだよ」と話す母に、大夢くんは「先生の決めたことは守らないといけないから」と答えたという。
授業中の、突然の大声の理由はこうだった。後ろの席の子からちょっかいを出され、それを止めてもらうために何度も小声でお願いしたが聞き入れられず、やむなく大声を出したという。菊地さんが「それをそのとき、先生に話せばよかったのに」と伝えると、大夢くんはケロリとしたようすでこう答えた。
「でも、僕がそう言ったら、後ろの子が先生から怒られるから。僕が立ってれば、それで済むなら、それでいいよ」
問題行動には彼なりの理由があったのだ。菊地さんはそれをなんとかK教諭にもわかってもらいたいと考えた。

 

《大夢が有意義な学校生活を送るために、K先生にはなんとか大夢の特性を理解してもらわなければなりません。それに、大夢には、先生が「授業中はトイレ禁止」と言えば頑なにそれを守ろうとするバカみたいな素直さや、ほかの友だちが怒られるぐらいなら自分が立っていればいいと思える優しさだってある。せめて、せめてそこは、わかってあげてほしい……。
「負けてたまるか」
 いつもならグズグズ、メソメソと涙してばかりだった寝床のなかで、私はこうつぶやいていました。
 K先生への反発心から、私は強い母になる決心をしたのです。》(本書より)

 

奮起した母は早速、動いた。
大夢くんは大勢の人間が集まりざわざわした場所、たとえば全校集会などが大の苦手だった。椅子にじっと座っていることが苦痛なのだ。しかし、K教諭は「ちゃんと座って!」と叱り付けるばかりだった。そこで菊地さんは学校に乗り込み「全校生徒が集うイベントの日は休ませます」と宣言したのだった。

 

《K先生は私の言葉に呆れています。
「休ませるなんて、お母さんが諦めてしまってどうするんですか?」
 いやいや……、別に諦めたわけじゃ……、この先生はやっぱり大夢の特性を理解してくれてないんだな、そう思いました。
「先生、大夢にとって大勢の人のなかでおとなしく椅子に座っているというのは、先生のような普通の人が椅子の上に逆立ちしてるのと同じぐらい大変なことなんですよ。先生、校長先生のあいさつが終わるまで、椅子の上で逆立ちを続けること、できますか?」》(本書より)

 

菊地さんは「モンスターペアレントと思われてたかもしれませんね」と笑う。それでも、母のこの後には引かない姿勢が、やがて頑だった昔気質の教諭の気持ちをも動かしていくのだった。

 

ライター仲本剛

 

発達障害で生まれてくれてありがとう
菊地ユキ/著

 

関連記事

この記事が気に入ったら
いいね!しよう

最新情報をお届けします

Twitterで「本がすき」を