ryomiyagi
2021/04/17
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2021/04/17
『あの夏の正解』
新潮社
日本推理作家協会賞や山本周五郎賞を受賞した早見和真さんは、今、出版界が大いに注目する人気作家のおひとり。名門・神奈川県桐蔭学園野球部出身で、高橋由伸元巨人軍監督の2年後輩にあたります。そんな早見さんの新作は『あの夏の正解』。「コロナ禍で夏の甲子園での大会が中止になるかもしれない」という報道を受け、選手たちに密着して書き上げた初のノンフィクションです。
「緊急事態宣言が出た、昨年4月7日前後のこと。ある町の描写をしていて、登場人物全員にマスクをさせなければならないのか、とふと思い、それって何なのかと目の前がぐにゃりと曲がった感じがしました。世界全体が大きな何かを失い、日常が色を変えようとしているのに、僕にはその“何か”の正体がわからず、何を書けばいいのかわからなくなってしまったんです。そんなときに出逢ったのが、甲子園という絶対的なものを失おうとしている野球部の3年生たちでした。彼らがこの夏、何を感じ、何を失い、何を得るのか。僕は謙虚な気持ちで教えてほしいと思いました。彼らのほうが時代の先を行っていると思いましたから」
早見さんにも高2のときに阪神・淡路大震災を経験し“春の甲子園は中止になるかもしれない”という噂が流れて複雑な思いを抱いた経験がありました。そこで、地元愛媛県の強豪校・済美高校と石川県の強豪校・星稜高校に3カ月間密着することに。
「ノンフィクションにしたのは、甲子園の中止が決まるかどうかわからない際中に書き始めなければならないと思ったからです。小説を書くとき、僕のなかにはぼんやりとしていてもここに辿り着こうというイメージがあります。ですが、今回はゴールがどうなるかわからないまま取材を始めました。だからこそ選手たちや監督たちの思いをリアルタイムで記録することに意味があると思ったんです」
甲子園の中止が決まったあとも選手たちは野球を続けるのか。続けるなら楽しむだけの野球をやるのか。そして監督はチームをどの方向に持っていくのか……。早見さんは選手や監督たちをつぶさに観察し、鋭く切り込んでいきます。
「取材を始めたとき、僕は42歳でしたが選手の立場で入っていったつもりでした。ところが、ことのほか同世代の指導者たちに心が寄っていったんです。これは僕にとって発見だった。というのも、それまで僕のなかでは監督は記号でしかなかったからです。ところが個人としての監督の内面に触れると、彼らは現状に対して正しく揺らいでいたんです。そのことが僕の価値観を鮮烈に揺さぶりました」
コロナ禍が悪化するにつれ、高校野球を巡る状況も刻々と変化していきます。甲子園中止の決定がなされたときは“選手たちは茫然自失だった”“みな号泣した”というようなわかりやすい記号がテレビや新聞を埋め尽くしました。
「僕は選手たちに“考えてほしい”と言い続けました。高3という多感な時期に圧倒的な体験ができたんです。この体験に加えて思考した人間が10年後20年後に勝つと伝えました。僕は人間は思考停止しがちな生き物だと思っています。だからこそ、この本も甲子園が中止になった選手たちをかわいそうなどと短絡的に思ったすべての人に読んでほしいと思っています」
コロナ禍で怒り、口惜しさ、悲しみを抱えた人に一筋の光を見せてくれる、清々しい快作です。
PROFILE
はやみ・かずまさ◎’77年神奈川県生まれ。’08年、強豪校野球部の補欠部員を主人公にした青春小説『ひゃくはち』で作家デビュー。’15年『イノセント・デイズ』で日本推理作家協会賞(長編及び連作短編集部門)、’20年『ザ・ロイヤルファミリー』でJRA賞馬事文化賞と山本周五郎賞を受賞。
聞き手/品川裕香
しながわ・ゆか◎フリー編集者・教育ジャーナリスト。’03年より『女性自身』の書評欄担当。著書は「若い人に贈る読書のすすめ2014」(読書推進運動協議会)の一冊に選ばれた『「働く」ために必要なこと』(筑摩書房)ほか多数。
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