「私の中で何か区切りがついたということかもしれません」|小池真理子さん新刊『神よ憐れみたまえ』
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2021/08/07

撮影/秋倉康介

 

小池真理子さんの新作は過酷な運命に翻弄されながらも人生を生き抜く女性を描いた、深い感動が胸を貫く長編小説。寝食の時間すら惜しくなるほどのめり込んで読めます。

 

「想像を絶することが身の回りに起こっても生き続ける。生き抜くとはそういうことだと思います」

 

『神よ憐れみたまえ』
新潮社

 

「激動の人生を生き抜く女性の一代記を書きたいと思ったのが出発点でした。’10年のことです」

 

新作『神よ憐れみたまえ』について、小池真理子さんは柔らかな笑みを浮かべながら語ります。しかし、当時の小池さんは辛労辛苦の日々を送っていたのでした。

 

「災いの幕開けは’08年1月。暖炉の煙突加熱が原因で自宅が全焼。父は長くパーキンソン病を患い、母は認知症で、2人は同じ施設に入っていたのですが、無人の実家を整理しなければと考えていた矢先の自宅の火事。本も写真も半分以上ダメになりました。途方に暮れつつ火事の後始末をして新居を建てていた’09年、父が亡くなりました。父の遺品整理、実家の解体、自分の引っ越しなどが続く最中、ぼんやり見ていたテレビで映画『風と共に去りぬ』が放送されていたんです。20代のころから何回も見た作品でしたが、スカーレット・オハラの困難が自分の苦難と重なりました」

 

黒沢百々子は函館の有名企業・黒沢製菓の跡取り息子の父と美しい母のもと、都内の豪邸で何一つ不自由のない生活を送っていました。ところが両親が何者かに惨殺されてしまいます。黒沢製菓を継ぐことになった父方の叔父を好ましく思わない百々子は、俳優を目指して工場で働く母方の叔父・左千夫にかわいがられながら、家政婦・石川たづ一家のもとに身を寄せます。その後、函館の祖父母が事件のあった家を建て直し、百々子は引き取られるのですが……。

 

「精神力・持久力がいるので作家が一生のうちに書下ろし小説を書ける時期は限られます。この小説は最後になるだろうという思いもあるなかでスタートしました。ところが’11年1月、今度は私が足を骨折し車いす生活に。それと重なって母が閉塞性動脈硬化症を起こして右足先が壊死し切断。’13年に左足にも同じ症状が起こるのですが、母から両足を奪うことはできず私と妹が交代で付き添い、その夏、亡くなりました。その後も私の体調不良などが続き、やっと集中できると思った’18年、同業の夫・藤田宜永が末期の肺がんに。この瞬間、時間が止まり、あらゆる意味で人生が変わりました。’19年8月に再発し、希望がもう持てないとわかりました。彼がいる間に書かないと永遠に書き上げられないような気がして、夫の看護以外の時間はずっと本作の仕上げに費やしてきました。夫が元気だったら、同じ内容でもあのような最終章にはならなかったと思います」

 

読みながら12歳から62歳までの百々子に寄り添っているつもりが、いつの間にか百々子の選択に勇気づけられている自分がいることに気づくはず。小池さんは続けます。

 

「自分でも初めての経験ですが、最終チェックで最後の1行を読み終えたとき、嗚咽が込み上げて滂沱の涙が流れました。感動の涙ではありません(笑)。私の中で何か区切りがついたということなのかもしれません。結局、何があっても生き続ける。想像を絶することが身の回りに起こっても生き続ける。生き抜くとは、そういうことだと思うのです。私にとって本当に特別な作品になりました」

 

本を読む余裕などないと生活に押しつぶされそうになっている人こそ読んで!圧巻の一言です。

 

PROFILE
こいけ・まりこ●’52年、東京都生まれ。’89年、「妻の女友達」で日本推理作家協会賞、’95年『恋』で第114回直木賞、’98年『欲望』で第5回島清恋愛文学賞、’06年『虹の彼方』で第19回柴田錬三郎賞、’11年、『無花果の森』で第62回芸術選奨文部科学大臣賞、’13年『沈黙のひと』で第47回吉川英治文学賞を受賞。

 

聞き手/品川裕香
しながわゆか●フリー編集者・教育ジャーナリスト。’03年より本欄担当。著書は「若い人に贈る読書のすすめ2014」(読書推進運動協議会)の一冊に選ばれた『「働く」ために必要なこと』(筑摩書房)ほか多数。
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