こんなはずじゃなかった!田舎で暮らす「スローライフ」の嘘とまやかし
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ryomiyagi

2021/09/22

 

未だ各国で猛威を振るう新型ウィルス「COVID19」が、果たしてどこから現れどのように変異していくのか……。すでに起源など、疫学的な研究でしかなく、どう変異したかのニュースすら、半ば国民は食傷気味になってしまった観がある。盛んに言われた「リモートワーク」も、それを可能とするには様々に恵まれた環境が必要であり、当たり前のように頭打ちの状態である。

 

そんな新型ウィルスの、唯一最大の功があるとすれば、それは、半世紀以上も続いた人と経済の一極集中に対する疑問の体感に違いない。
30年ほど前に現れた、脱サラした中年夫婦による「ペンション」や「手打ちそば」ブームは下火となり、「帰農」や「スローライフ」などの考え方が近年のブームとなっているようだ。さらに、突如として現れた新型ウィルスにより、東京や大阪などの人口過密地に暮らすことの危険性が声高に唱えられ、その辺りの考え方は俄然市民権を得た観がある。私の周辺にも、田舎暮らしや農業体験などに将来像を描こうとする人がチラホラ見られるようになってきたが、地方出身の私などはそんな雰囲気に疑問を抱いている。
そんな折、『田舎暮らし毒本』(光文社新書)を手に入れた。ふむふむ、表題からして何をかいわんや。どうやら、そんな私の疑問に答えてくれる一冊に巡り合えたと、さっそくページを繰ってみた。

 

二〇二〇年、突如、世界を席巻したCOVID-19という名の恐るべき病禍によって、現代人の生活は一変してしまった。(中略)
結果、経済は停滞し、景気が落ち込み、職を失った人も少なくない。
政治は迷走し、疾病対策に関しては常に後手後手に回り、何をやっても無残な醜態をさらけ出すばかり。おかげで多くの国民は、お上は頼りにならないから、自分の命は自分で守るべきだという必要性を学んだのではあるまいか。

 

著者は、雑誌記者からフリーライターを経て小説家となった樋口明雄氏。さすがに、長くジャーナリズムやコマーシャリズムに身を置いてきただけに鋭い筆を持っていらっしゃる。
自らを「小説家=元祖リモートワーカー」と称する著者が、長年憧れだったログハウスを持つことから始まる田舎暮らしのエトセトラと、始めてみて知ることとなる田舎暮らしの明と暗をつまびらかにしていく。そんな一冊だ。

 

この本は、田舎暮らしを希望する、あるいは実行するみなさまが、そんな悪夢に直面しないためのノウハウを書いているのではない。田舎暮らしにおける悪夢とは何なのかを明確にして、それぞれが独自に対処にして生きていっていただきたい。そのためのエネルギーを得てほしいと思う。

 

本書はまず、移住に先駆けて必要な心構えや準備を順を追って解説していく。

 

その(1) 夢を持つ
まだ10代だった頃の著者が、小説家になる夢を抱き、紆余曲折しながらも小説家となる。その原動力こそが、少年の頃に抱いた夢に他なかったと吐露している。
移住を望むならば、やはりより良い田舎暮らしを夢見ていなければ何も始まらないはずだ。

 

その(2) イメージする
美しい峰や森を窓越しに見ながら原稿を書き、夕方になれば釣竿を持って近所の川に出かける。夜は庭先で焚火をし、星を見ながら洋酒をチビチビと飲む。大きな仕事が一段落したら、ザックを背負って何日も山に入って縦走する。
冬は薪ストーブの前に寝転がって夜長の読書を楽しむ。そのために薪割りをし、薪棚にたくわえていく。斧をふるい、汗を掻きながら肉体を酷使すれば、きっと田舎暮らしの充実感を味わえるはずだ。
小さな家庭菜園をやってもいい。夏野菜や根菜類。ハーブなど。
なんと、さほど真剣に考えているわけでもない私ですら、著者の田舎暮らしに対するイメージを読むとワクワクしてくる。
夢を持つ。そしてその夢を、できるだけ具体的にイメージする。
確かにこれは、最初にすべき心構えと準備かもしれない。

 

その(3) 費用が掛かる
気儘な賃貸暮らしを重ねると、ある時「引っ越し貧乏」という言葉を耳にする。
確かにその通り。より快適な住環境を求めた挙句、カバン一つで上京したにもかかわらず、いつしか荷物は何tトラックが必要だろうと頭を悩ませるようになる。いや悩むのは懐だ。
見知らぬ土地を購入し、そこに住まいを構えるとなれば、莫大な費用がかかる。都会では考える必要すらなかった水道・ガス・電気などのインフラに始まり、Wi-Fi環境なども整えねば、それこそリモートワークなど夢のまた夢だ。それでなくとも田舎では、ちょっとした農具や工具が生活する上で必要だったりする。
要は、「思っていた以上に……」いや、それ以上に費用はかさんでくるはずだ。

 

次いで、その(4) 車は必需品 その(5) 移住先を捜す その(6) 土地を決める その(7) 家の話 と、著者は「移住」を実行する以前に考えておかなければいけないことや準備すべきことを実体験を交えて解説し、覚悟を促す。
そして最後「その(8)」に、スローライフは幻 と結ぶ。

 

田舎暮らしはとにかく多忙だ。朝から晩まで働きづめである。(中略)
あっという間に日が暮れる。一日って、こんなに短かったっけ?

 

なるほど、そうなのだろう。TVの人気番組『ぽつんと一軒家』でもない限り、日本全国、どんな田舎に暮らしてみても、そこは都会の規模を縮小したものでしかない。どこに暮らしても、子どもがいればPTAがあり、通学路の安全指導や生活道路の整備・清掃活動など、実は都会以上に煩雑だったりする。

 

40年に及ぶ東京暮らしと、10数年とはいえ田舎暮らしを知る私は、都会暮らしに疲れた人が、田舎を訪れて狂喜する事例を幾つか知っている。
言うまでもなく、それは美しい自然だったり、のどかに流れる時間だったりするのだが、中でも都会人が最も驚くのは、基本的な生活経費のかからなさ加減だ。
生活にかかる基本的な経費が非常に安価で、場合によっては無償で提供されたりする。採れ過ぎた野菜や魚が玄関先に置かれていたりする事実に、都会から来た人は皆狂喜する。
都会では、必要なものはすべてお金を払わなければ手に入れられない。お金がないと生きていけないから、たとえ疑問を感じていたり、勤務自体に苦しんでいたとしても、対価が得られる労働をやめることができない。
残念ながら、それが都会におけるライフスタイルなのだ。

 

レビューを書きはしたが、これはまだ本書の前段を掻い摘んだだけに過ぎない。
『田舎暮らし毒本』は、ありがちな「スローライフ」に対する賛歌や「田舎暮らし」を礼賛するノウハウ本では無い、始めた途端にショックやダメージを受けるであろう、そこに有る厳しい現実を実体験をもとにひもといて読者に準備と心構えを促す。
移住を夢見る人必読の書である。
加えて本書は、「田舎暮らし」の心地良さを、随所に散らばせて楽しませてくれる。

 

文/森健次

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田舎暮らし毒本

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樋口明雄

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