日々を丁寧に生きる大切さを知る|長嶋有さん新刊『ルーティーンズ』
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ryomiyagi

2021/12/11

撮影/松蔭浩之

デビュー20周年を迎えた芥川賞作家の長嶋有さん。新作はコロナ禍でも変わらない日々を生きる作家と漫画家の夫婦と2歳の娘の姿を丁寧に描いた、滋味深い連作小説です。

 

「誰しもが、いろいろな現場で何らかのルーティーンの中に望んで入っていると思うんです」

 

『ルーティーンズ』
講談社

 

芥川賞作家の長嶋有さんの新作『ルーティーンズ』は前半の「願いのコリブリ、ロレックス」と後半の表題作から成る連作短編小説です。長嶋さんを思わせる作家と漫画家の妻、2歳の娘の日常が、章ごとに妻からの視点と夫からの視点で語られていきます。

 

本を装丁したデザイナーさんからプレゼントされた、タイトルの「ル」の文字がプリントされたTシャツを着た長嶋さん。執筆のきっかけは「たまたまだった」そう。

 

「’21年の新年に発売される文芸誌2誌から、同時に原稿の依頼を受けたのが始まりでした。長年作家をやってきて、同日発売の、同じ分野の別の雑誌に小説が掲載されるのは、たまたまとはいえ初めてのこと。それで最初は2つ同時に小説が掲載されること自体を面白がろうと思い、片方は夫の、もう片方は妻の視点で書こうと思いつきました。ですので、当初、登場人物の設定を作家にすることは考えていませんでした」

 

いざ視点を入れ替えることの遊び方を追求して書いてみると、想像以上の手応えがあり……。

 

「この手法を取る従来の小説は、視点を変えることで意外な事実や皮肉な事態が露呈するなどがロンド形式で続くものが多い。でも、それはしたくなかった。人間はたいていお互いのことをよく知らないまま、皮肉もなく一緒に暮らしています。夫婦は互いに知らないまま、同じようなことをしていたりするものだと思うんです。ここに視点を変えてテキストを二重に書く面白みがあると考えました」

 

後半の表題作では登場人物たちがコロナ禍で私たちが体験したことと同じことを体験していきます。

 

「前半の作品を書いていたときにコロナは既にありましたが、未曽有の体験のため、私たち自身が事態を咀嚼(そしゃく)しきれておらず、反射的かつ感覚的に受け止めていたと思います。緊急事態宣言が出て緊迫感が一気に増し、全員がいっせいにゲートをくぐった感じになりました。この感覚を、2本の短編を分かつ装置として使いました。ブランコが上のほうでぐるぐる巻きになっているシーンを書きつけたことで限りなく私小説に近付いた。それで、この小説では自分の名前をはっきり出すことにしたんです」

 

終盤、長嶋さんが新人賞を受賞した際、実際に書いた言葉がそのまま登場します。――書き続けます。明日が奈落だとしても――と。

 

「個人的には照れ臭く、青臭いと思っていた受賞の言葉が20年がかりの伏線になりました。コロナ禍になり、あの言葉と向き合い回収するのは今だ、と。今の世の中は奈落ですが、書き続けるしかない。20年めの弱腰の決意です(笑)」

 

タイトルも胸に刺さります。ルーティーン(日課・定型的習慣的な手続きや仕事)の複数形です。

 

「社会は複数のルーティーンで成立しています。誰もが、いろいろな現場でより合理的に考えて歯車化し、何らかのルーティーンの中に望んで入っている。そこを俳句的に見せたかったという気持ちもあります。コロナ禍でそういういろんなことが見えてきました」

 

奈落でも日々を丁寧に生きることでかすかな光が見出され、その光が集まることが生きるよすがになりうる――。慈愛に満ちた、愛おしさ満点の作品です。

 

PROFILE
ながしま・ゆう●’72年生まれ。’01年「サイドカーに犬」で第92回文學界新人賞を受賞しデビュー。’02年「猛スピードで母は」で第126回芥川賞、’07年『夕子ちゃんの近道』で第1回大江健三郎賞、’16年『三の隣は五号室』で第52回谷崎潤一郎賞を受賞。

 

聞き手/品川裕香
しながわゆか●フリー編集者・教育ジャーナリスト。’03年より本欄担当。著書は「若い人に贈る読書のすすめ2014」(読書推進運動協議会)の一冊に選ばれた『「働く」ために必要なこと』(筑摩書房)ほか多数。

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