「〜だとしたら、申し訳ない」という謝罪がダメな理由
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ryomiyagi

2022/03/16

 イアン・レズリー:作家

 

英国タイムズ紙2021年ベスト哲学&アイデアブック!
私たちは今、かつてないほど意見が対立しやすい社会に生きている。この状況に対する備えはまったくできていないが、人間社会の進歩はつねに「戦うか、逃げるか」の先にある。職場やSNSでの衝突/対立を解消し、そこから前進するための秘訣を明かした書籍『CONFLICTED(コンフリクテッド)』(イアン・レズリー著)から、読みどころをピックアップする。

 

謝ることは、ほとんどの人が手遅れになるまで習得しようとしない技術だ。ヴァッサー大学の経済学准教授ベンジャミン・ホーは、なぜある種の謝罪は効果的で、ある種は不誠実で無価値とみなされるのかを研究している。経済学者が注目するには奇妙なテーマと思えるかもしれないが、ホーは行動経済学者であり、社会的行動のコストと利益に関心を持っている。経済を動かすのはつまるところお金ではなく、人間関係だ(経済学者がこのことに気づくのに長い時間がかかった)。私たちが社会的交流のなかで犯す過ちは、人間関係を損なったり破壊したりする。謝罪は人間関係を回復するための重要な手段である。

 

企業の観点から言えば、謝罪は経済的に重要な意味を持っている。フォルクスワーゲンやフェイスブックのような企業が過ちを犯したとき、消費者との関係に与えるダメージを最小限に抑えるには、効果的な謝罪が不可欠だ。ミシガン大学のフィオナ・リーは2004年の研究で、21年にわたる14社の年次報告書を調査し、これらの会社が業績不振などのネガティブな出来事についてどのように対応したかを分析した。結果、間違いを公の場で認めた企業のほうが、それを隠蔽しようとした企業よりも、1年後の株価が高いことがわかった。

 

 

リーの研究に触発されたホーは、謝罪と経済的成果を結びつける別の証拠を追求。同僚のエレイン・リューとともに、アメリカにおける医療事故の取り扱いに着目した。医師はミスを犯して患者に害を与えた場合、苦しい立場に置かれることがある。彼らが誠実だと仮定すると、謝罪したいと思うだろう。だが、そうすることで破滅的な訴訟という脅威にさらされる。ここで、患者の気持ちになって考えてみよう。自分や愛する人の人生を不必要に苦しめた医師から一言の謝罪ももらえなかったとしたら、あなたはどう思うか。激しい怒りを覚えるのではないか。もともとは訴えるつもりがなかったとしても、今となってはそうしてやりたいと思うはずだ。医療現場ではまさにこうした事態が起きていた。患者が怒りを感じているのをよそに、医師は謝罪に二の足を踏み、それがさらなる怒りを呼び起こし、結果、訴訟へと至ってしまうのだ。

 

この悪循環を断ち切るために、アメリカの多くの州――ホーとリューが論文を発表した時点で36州――では、医師の謝罪を裁判の証拠として認めない法律が制定された(2005年には、バラク・オバマとヒラリー・クリントンの両上院議員が、同じ趣旨の法案を上院に提出している)。背景には、医師が安心して謝罪できるようにすることで、患者との関係を改善し、訴訟が起こる可能性を抑えたいという思惑があった。ホーとリューの研究によると、こうした「謝罪法」が制定された州では、医療過誤訴訟の発生件数が16から18パーセント減少し、解決に至るまでの時間も20パーセント短縮されたという。費用と労力のかかる訴訟の件数がこれほど減ったのが、権威ある人物から謝罪の言葉を聞けたからというだけなんて――この発見により、謝罪に具体的な価値を見出したホーは、すでに展開していた持論の正しさを確信した。すなわち、「謝罪が効果を発揮するには、謝るのがむずかしいと思わせなければならない」と。

 

謝罪にはコスト感が必要

 

医者であれ、建築家であれ、政治家であれ、専門家との良好な関係を保つには、彼らに対して深い信頼を寄せなければならない。だがそうした専門家がミスをすると、お互いの関係は危ういものとなる。ホーによれば、謝罪によって人間関係のダメージを修復できるかは、その謝罪がコストとして映るかどうかにかかっているという。ホーは、経済学や生物学に影響を与えた数学の一理論であるゲーム理論を例に挙げて説明する。ゲーム理論における「コストの高いシグナル」とは、動作主(エージェント)が偽りがたい方法でコミュニケーションをとることを指す。生物学で言えば、オスのクジャクの羽がその典型である。チャールズ・ダーウィンはその存在を知ったとき、絶望的な気分に陥った。こうした精巧で重量のある装飾品の裏に、進化上のロジックを見出せなかったからだ。ゲーム理論家の説明によると、ポイントは羽の過剰さにあるという。オスのクジャクは、王様が富と権力を誇示すべく非常に手の込んだ宮殿を建てるように、自分がすこぶる頑健であることを示している。健康さや力持ちであることを他者に納得してもらうには、そうしたシグナルが偽りのないものでなければならない。

 

ホーは、謝罪にも同じ理屈が当てはまると考えている。だれかから不当な扱いを受けたとき、私たちは謝罪を求める。しかし多くの場合、言葉だけでは十分でない。それを言うのが相手にとって大変だと感じられなければならないのだ。恋愛カウンセラーはカップルに対し、相手との溝を埋めるために謝ることを勧めるが、恋愛経験のある人ならわかるように、謝るタイミングは早すぎてもダメだ。苦労して謝っているように見えないと、その言葉は白々しく口先だけのものに聞こえてしまう。事実、私たちは謝ってくれた大切な人をとがめたり、なぜ今さら謝るのかと問いつめたりする。それもこれも、相手に感情的な代価を支払ってほしいと思っているからだ。同じことは、企業の謝罪にも当てはまる。ホーいわく、企業や政治家が公の場で謝罪して嘲りや罵倒を浴びたとしても、その謝罪は時間の無駄にはならないという。そういった軽蔑の声が、かえって謝罪を効果的なものにしてくれるからだ。

 

ホーは、コストのかかる謝罪の仕方をいくつか挙げている。まずは「悪かった。おわびに花束を買ってきたよ」というもの。これはもっともシンプルな方法だ。過ちの代償は一目瞭然である。花の値段は、高ければ高いほど効果的だ。次に「ごめんなさい。もう二度としません」という「約束をともなう謝罪」。代償は、あなたが将来の選択肢を放棄していることである。もちろん、ふたたび同じ過ちを犯したときは、うまくいく見込みは薄い。さらに、私見ではイギリス人男性に多いと思われる謝り方で、「ごめん。ぼくがバカだったよ」というもの。これはとりわけ興味深いアプローチだ。自分が有能だと思われる権利を取り引きに使っているのである(ホーはこれを「地位に関わる謝罪」と名づけた)。最後に、「すまない。でも私のせいではないよ」という謝罪。ミリアム・オースティンガはこのタイプを「回避」と呼ぶ。これは、関係を修復するのに効果的な方法とは言いがたい。謝ることにコストがかかっていないからだ。しかし、あなたの能力に対する周囲の評価が非常に高く、自分のせいではないと示せるなど、状況によってはこの方法が最善ということもある。

 

 

どんな謝罪が効果的か?――ウーバーの実験

 

2018年、ホーは、謝罪の理論を現実のデータに照らし合わせて検証するチャンスに恵まれた。彼のもとに、大量のデータを用いて実地試験することで有名なシカゴ大学のジョン・リスト教授から連絡があったのだ。リストはウーバーの首席エコノミストとして、謝罪の価値を数値化するための協力をホーに求めた。ほかのサービス業と同様、ウーバーは時として利用客を怒らせてしまうことがある―車がいつまでも到着しないとか、ルートの選択を間違えたといった理由で。リストは、不十分なサービスを受けた乗客でも、謝罪をすることで、今後もウーバーを利用してくれる可能性が高くなるのではと考えた。だが、ウーバーの経営陣を納得させるには、謝罪の価値を数値で示す必要があった。

 

質の悪いサービスが会社にとって高くつくことは、すでにリストらが証明済みだった。目的地への到着が10から15分遅れた客は、次回以降の利用率が5から10パーセント下がるとわかっていた。ホーとリストは、謝罪することで客の利用が回復するかどうか調べようと考えた。彼らはベイジル・ハルパリンとイアン・ミューアというふたりの経済学者とともに、効果的な謝罪とは何か、また謝罪にはどれほどの価値があるのかをウーバー側に理解してもらうため、ある実験を考案した。

 

研究チームは、全米の主要都市で160万人の乗客から情報を収集し、リアルタイムの大規模なデータセットを作成した。これにより、不快な経験をした乗客を特定し、その人たちに1時間以内に謝罪のメールを送ることが可能になった。彼らは乗客を無作為に8つのグループに分け、対照群を除いたすべてのグループに、内容の異なるお詫びのメッセージを送付することにした(この時点では、不十分なサービスについて謝罪することはウーバーのポリシーではないため、対照群は実際の状況を表している)。ある乗客には、これといった説明のない、最低限の謝罪メッセージを送った。別の乗客には、「当社の見込みが間違っていたと承知しております」という「地位に関わる謝罪」メッセージを送信。さらにほかの乗客には、「当社はお客様に安心してご利用いただける到着時間の予測を提供するため、さらなる努力を重ねてまいります」という「約束つきの謝罪」メッセージを送った。その後、この四つのグループ((1)対照群 (2)最低限の謝罪 (3)地位に関わる謝罪 (4)約束つきの謝罪)をふたつずつに分け、それぞれ一方に対し、次回利用時に使える5ドルのクーポンを配付した。経済学者たちはそれから84日間、乗客のウーバーの使用状況、利用回数と金額を追跡調査した。

 

その結果、いくつかの事実が判明した。まず、謝罪は決して万能ではないとわかった。最低限の謝罪にはほとんど効果がなく、ただお詫びを述べただけでは、その後の利用回数や距離に影響はなかった。次に、もっとも効果的な謝罪は、コストのかかるものだとわかった。謝罪と一緒にクーポンを提供した場合、乗客が不快な経験をする前とくらべ、ウーバーでの支出が増加したのだ。さらに、謝りすぎは禁物ということもわかった。一部の利用客は複数回不快な経験をしたことから何度も謝罪を受けたが、こうした客はまったく謝罪されなかった客よりも会社を責める傾向が強かった。

 

過度な謝罪は逆効果というのは、ミリアム・オースティンガがインタビューをした人質交渉人の話とも符合する。「5分間に5回謝ったら、お互いにとって良い関係は築けないでしょう」と交渉人のひとりは言った。謝罪は多くなればなるほど、その価値が低くなっていく。ある時点から安っぽく感じられ、しまいには侮辱されているように思われるのだ。

 

ミスは状況を変えるチャンス

 

意見の対立には、多くの間違いがあってしかるべきだ。みながチェスのように一挙一動に気を配り、間違ったことを言わないよう細心の注意を払っていては、無味乾燥なやり取りになってしまう。また、生産的とも言えないだろう。オースティンガの実験に参加した交渉人たちが指摘するように、ミスのない会話は無意味か、機械的か、あるいはその両方である。だからといって、他人の感情を無視していたことに気づいたり、相手を見下していたことがわかったり、名前を間違えたりしたときに喜んでいいというわけではない。だが、もし本書が不快な会話の助けになるとすれば、それは犯しうるミスをすべて排除できるようになるからではなく、そうしたミスを認識し、いかに対応すべきかを学べるからだ。

 

意見の対立がなぜ、どのようにして悪い方向に向かうのかがわかっていれば、対立から生じる心地よいとは言いがたいやり取りにも、脅威を感じなくなる。第一に、失敗を犯すのが自分だけではないと気づく。ほかの人たちも同じようなミスをしているが、たいていの場合、それをミスと認識していないだけなのだ。第二に、失敗は姿を変えたチャンスと思えるようになる。ミスを修正する――セロニアス・モンクの言葉を借りれば、外した音程を立て直す――ことで、相手との関係を強化し、会話をより豊かなものにできる。

 

ミスは混乱を巻き起こす。が、それはむしろ望ましいことである。ミスは小さな竜巻のように会話を吹き抜け、景色を一変させ、新鮮な視点を生み出してくれる。また、きちんと謝る機会も与えてくれる。これは先述したように、単なる礼儀の問題ではない。謝罪には代償が必要だ。だが、それは何も、相手の話を大きく誤解するたびに、意見を五回まで無料で聞くクーポンを発行しようということではない。ミスを認める際は、感情的な負担を受け入れるべきだ。謝罪の言葉は、「気を取り直して話を進めよう」という意味だけでは足りない。気分を害したり、不当な扱いを受けたと思ったりしている人にしてみれば、それだけで話を進めるのはむずかしいだろう。ある立場から一段下がるときは、それがいかに苦しいことか相手に伝えてみるのもよい――というより、そうしたほうが効果的だ。

 

謝罪をする際、極力避けるべき言葉のひとつが、「〜だとしたら、申し訳ない」である。この「〜だとしたら」があるとミスを認めていないことになり、謝罪が表面的なものになってしまう。自分がミスをしたかどうかわからない場合、確信が持てるまでは謝らないのが賢明だ。

 

謝罪せずに気がとがめるなら、それはそれで良いことである。

 

この記事を書いた人

photo: Fran Monks

【イアン・レズリー Ian Leslie】
ノンフィクション作家。著書に、好奇心の重要性を論じ日本でも話題となった『子どもは40000回質問する』、Born Liarsがある。BBCなどのテレビやラジオにもコメンテーターとして登場するほか、ガーディアン、フィナンシャル・タイムズにも寄稿している。ロンドン在住。

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